麻耶雄嵩『鴉』幻冬舎 1997年

 1ヶ月前に殺された弟・襾鈴(アベル)。彼が死の直前,半年を過ごしたという「地図にない村」。弟の死の原因を探るべく,兄・珂允(カイン)はその村を訪ねる。が,そこは現人神・大鏡に支配され,外界から隔絶した小宇宙だった。そして彼の来村を待っていたかのように起こる連続殺人。珂允とメルカトルが明かす殺人事件の真相,そして村に隠された謎とは・・・。

 最近読んだこの作者の2作『あいにくの雨で』『メルカトルと美袋のための殺人』がともにあまり楽しめなかったので,じつのところ今回もあまり期待していなかったのですが(麻耶ファン,ご容赦),この作品はおもしろかったですね。四方を山に囲まれ,外界との連絡がまったくと言っていいほどなく,歴史から取り残されたような小さな村。絶対的な権力と権威で,村人の生活の隅々まで支配する“神”・大鏡。物語は,冒頭から思いっきり“異界”しています。ここらへん,作者の初期作品『翼ある闇』や『夏と冬の協奏曲』に似たような雰囲気がありますが,その異界的な設定が,単なるデコレーションにとどまらず,ミステリとしての作品世界そのものに奥深く結びついている点では,『翼』『協奏曲』よりも成功しているのではないかと思います。その点では,西澤保彦の作品に通じるように思います。とくにその村に伝わる殺人者に関する言い伝えー殺人者の腕に必ず浮かび出すという痣,それとときおり村に生まれるという“鬼子”などーが,効果的に使われています。そしてもうひとつ,この物語は,主人公・珂允の行動と推理を追う一方で,村に住む3人の少年,橘花・朝萩・啄雅らの行動を描写していきます。珂允が村に来る半年前に起きた変死事件,村人たちは“自殺”と断定しますが,橘花少年だけは,それが殺人事件であると疑います。そして起こる新たな殺人事件。3人の少年たちは,ふたつの殺人になにか関係があるのではないかと調査を始めます。この作者の描く少年たちは,やたらと早熟な感がありますが,この作品でもご多分に漏れず同じです(笑)(この少年たちも,多少あざとい部分もありますが,巧みに扱われています。すっかり騙されました)。ふたつのストーリー,珂允と少年たちとが合流するとき,物語は結末=カタストロフへ向けて加速していきます。それも二重三重のカタストロフへと・・・・。村内部でのカタストロフ,村そのもののカタストロフ,そして物語そのもののカタストロフへと・・・。このラストでのカタストロフもまた,この作者お得意のパターンではありますが,これまでの作品では,どこか独りよがり的で,自己満足的なわかりにくい感じが強かったのですが,この作品での処理は非常に明快で,その二転三転のラストに「翻弄される快感」が感じられ,好感が持てました。とくに最後の最後のカタストロフは,わたしが当初予想していたものと違っていただけに,カウンターパンチのような爽快さがありました(どんなラストを予想していたかは,ネタばれになるので内緒です(笑))。つまりこの作品は,この作者のこれまでの“文法”や雰囲気を踏襲しながらも,かなりソフィストケートされた作品なのではないかと思います(でもメルカトルファンには,今回彼が真っ当すぎておもしろくないかもしれません(笑))。

 ただ相変わらず文章がアンバランスでねぇ。一方で,やたらと小難しい漢字を用いながら,その一方でカタカナ言葉をその間に平気で挿入させていく。このような文体は意識的なものなのでしょうか? それとも・・・・・?

97/11/02読了

go back to "Novel's Room"