麻耶雄嵩『メルカトルと美袋のための殺人』講談社ノベルズ 1997年

 「銘」探偵・メルカトル鮎と,その友人(?)美袋三条とが遭遇した7つの事件を収録した短編集です。なんだか「他とは違うこと」あるいは「オーソドックスからの脱出」を追い求めるあまり,それが空回りしているような印象です。それと『あいにくの雨で』のところでも書きましたが,この作品でも,ところどころに,テレビネタとかマンガネタと思われるパロディみたいのが散見されます。この手のものは,人それぞれなのでしょうが,内輪受け狙いみたいで,どうも苦手です。

「遠くで瑠璃鳥の啼く声が聞こえる」
 別荘で起こった密室殺人。「恋人」の無罪を信じる美袋は,メルカトルに事件の解決を依頼するが…
 なんですかね,これは。どうせやるなら,京極夏彦くらいにうまくやってほしいですね。こういう形でやられると,「反則技」とつい呼びたくなります。また「このメルカトルが云うのだから間違いない」と言われ,「そうなのか」と,あっさり納得してしまう美袋は,はっきりいって××です。
「化粧した男の冒険」
 ペンションの一室で発見された男の死体。彼は濃い化粧をしていた。なぜ死体は化粧してたのか…
 理由はだいたい見当がつきます。しかしなぜこういうオチにしたのでしょうか? 平凡なトリックをオーソドックスな形にしないことには賛否両論あるかもしれませんね。
「小人闍処ラ不善」
 退屈したメルカトルは,「事件に巻き込まれる」ためにダイレクトメールを出す。そんな彼のところにひとりの依頼人が…
 まあ,設定はなかなかおもしろいのですが,やはり後味はよくありません。ところで「小人閑居為不善」という風におぼえていたので,なにかのパロディかな?と思い,辞書を調べてみたら,両方言うらしいですね。ただ「間居」「闍潤vの方が,本来の言い方みたいです。ううむ,勉強になりました(笑)。
「水難」
 メルカトルと美袋が泊まった民宿,そこでは10年前に起きた土砂崩れで死んだ女子学生の幽霊が出るという。そして殺人が…
 『トリッパー』掲載時に既読。麻耶作品の初体験となった1編です。今回再読ですが,初読のときにも思いましたが,なぜに「幽霊」を持ち出す必要があったのでしょうか? これも「化粧した男の冒険」と似たような印象です。
「ノスタルジア」
 正月早々,メルカトルに呼び出された美袋。彼が書いた推理小説の犯人をあてて見ろといわれ…
 作中作の上に,メルカトルが書いたという設定の小説ですから,けっして一筋縄ではいかないと思っていましたが,これほどまでとは・・・。こういった作品というのは,「騙される快感」というのがつきものですが,むしろ「騙された不快感」のようなものが残りました。おそらく作者であるメルカトルの「騙そうとする悪意」が,色濃く出ていたからでしょう。それと角膜手術云々は,あまりに悪趣味のように思えます。
「彷徨(さまよ)える美袋」
 大学時代の友人から美袋に送られてきたシガレットケース。その直後,彼は何者かに拉致されてしまう…
 トリックとその謎解きは,まあ,それなりに理詰めでおもしろいのですが,美袋でなくても,こんな目に遭わされれば「いつか殺してやる」とも思いたくなるでしょう。というより,なんで美袋は,こんな奴とつきあっているのでしょう? それがこのシリーズ最大の謎ではないでしょうか(笑)。
「シベリア急行西へ」
 ウラジオストクからモスクワへ走るシベリア急行。その途中,作家・桐原剛造が殺害された…
 細かに引かれた伏線,そしてそこから導き出される論理的な結論,ということで,本格物としては,なかなか楽しめました。ただ最後の犯人の動機がねえ…。いや,動機にリアリティがないとかいうことじゃなくて,この動機だとすると,決定的矛盾というわけではないのですが,どうも理解しにくい状況になるように思えるのです。つまり犯人はいつの時点で凶器を入手したのか,というのが,どうしても気になってしまうんですが・・・。

 顔マークは,「シベリア」と「彷徨」が「(-o-)」,残りはいずれも「(*o*)」ということで,総体的には「(*o*)」ということになりました。

97/06/23読了

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