植芝理一『夢使い』5巻 講談社 2003年

 「つまりわたしたちは−未来を託したかったものをとっくに失っているのです。だからこそ−あなたのような−これから未来を切り開こうとしている人には手を貸してあげたいのです。それが−わたしたち“夢使い”なのです」(本書より 三島塔子のセリフ)

 瑠瑠を人間にするため,長崎県甕島(みかじま)へ向かう銀樹と,三島塔子ら“夢使い”たち。だがそこで彼らが知ったのは,瑠瑠と銀樹とをめぐる意外な関係であった。そして,“黒い石”を狙って襲いかかるヘルメス教団。混乱を極める地下世界で,瑠瑠を大きな決断を迫られる…

 前巻から続く「鉱物の聖母編」のクライマクスです(といっても本巻では完結しないのですが)。ここにきて「謎の構造」が解明されていきます。まずは瑠瑠の存在−彼女は銀樹の母であり,祖母であり,曾祖母であり…と,つまり「代々の阿部家の男たちの妻は,もともとただ一人」であることが明らかにされます。
 正直,この発想には驚かされるとともに,第1エピソード「虹の卵編」で描かれた「水蛭子の世界」と響きあうものがあるように思いました。つまり,「水蛭子の世界」が「他者のいない世界」であるのに対し,こちらは「時間のない世界」であり,ともに「閉ざされた完結した世界」である点で共通します(「虹の卵編」で,女子中学生たちが「自己愛の繭」という「他者のいない世界」に閉じこめられるのに対し,本編では三時花を,恋人が死んでいない「過去」というクリスタルに閉じこめるというところも対照的であるとともに,通じるものがあると言えましょう)。

 しかし,この,生身ではなしえない究極のインセスト・ラヴともいえる「時間のない世界」の設定であれば,それは「虹の卵編」の「水蛭子の世界」と同工異曲に過ぎませんが,ここで作者はもうひとつ「仕掛け」を施します。つまり,瑠瑠だけでなく銀樹もまた,瑠瑠の「母」=瑠瑠自身が産んだ模造人間であることが明らかにされ,さらには,「ふたり」によって作り出された「時間のない世界」とは,相手の消滅を前提とした「人間の世界=時間のある世界=死のある世界」を拒絶したがゆえに成立した,あやうくもろい世界であることが,瑠瑠によって明かされます。
 それゆえに,「水蛭子の世界」を拒絶し,地下に封印することで事件の解決を見た「虹の卵編」よりも,本編は,登場人物たちにより過酷な選択を迫ることになります。つまり,模造人間同士の「閉ざされた時間のない世界」をふたたび繰り返すのか,あるいは,瑠瑠が銀樹に命を与え,彼を人間とするのか(その結果「ふたりの世界」は破綻します),はたまた夢使いたちは,両者を止揚しうる「第三の道」を用意することができるのか…
 冒頭に引用した三島塔子のセリフを裏切らないエンディングを期待したいところです。

03/09/03

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