植芝理一『夢使い』4巻 講談社 2003年

 東京M市の中学生・阿部銀樹の“婚約者”瑠瑠は,じつは「黒い石」を心臓に持つ人造人間だった。一方,長崎県・甕島(みかじま)から,隠れキリシタンの系譜を引く村人たちが一夜にして消えるという怪事件が発生。真相解明の依頼を受けた夢使い・三時花(さとか)は,東京の三島塔子・燐子を訪れる。なぜなら銀樹こそ,かつての甕島の宗主・阿部家の子孫だったからだ…

 インセスト・ラヴや同性愛,ロリータ・コンプレクスなど,マイナー・セクシュアリティを好んで取り上げるこの作者,今度のモチーフは「人形愛」,いわゆる「ピグマリオン・コンプレクス」です。そして日本のミステリで,もっとも有名な「人形愛」テーマの作品といえば,江戸川乱歩「人でなしの恋」です。そう,本編の夢使いたちの呪文「現実(うつしよ)は夢,夜の夢こそ真実(まこと)」を色紙に書いていたという乱歩であります。おそらく,近年の「フィギュア・ブーム」という迂回路を経ながらも,大正時代と平成の現代とが繋がっているような,不思議な感覚を覚えます。
 ここでおもしろいのが,そんな「人形愛」に,ヨーロッパの錬金術を絡めていることでしょう。卑金属から貴金属(要するに金)を産み出す技術としての錬金術,それを人形から人間を作り出すという本編のメイン・モチーフに重ね合わせています。瑠瑠の「身体」が,心臓部の「黒い石」以外,「がらくた」でできているという設定を,その「卑金属」のメタファで語られているところは,(元ネタがあるのかもしれませんが)「なるほど」と納得しました(もっとも本編では,「卑金属→貴金属」それ自体が,「非生命→生命」のメタファ,として描かれていますが)。
 しかしこの錬金術が関係することによって,「人形愛」を大きく逸脱しながら,ストーリィは展開していきます。「人形の人間化」という,はるか過去から,洋の東西を問わず,語られ続けてきたモチーフが挿入されていくわけですが,その「人間化」の持つ「意味」を巧みに表現しているのが,銀樹から瑠瑠を奪おうとする「ヘルメス教団」の手先スピカたちが,銀樹に見せたものでしょう。
 スピカたちは,「人形」が自分の思いのままの姿に変え得ること,つまり「代替可能」であることを示します。それに対し,銀寿は「瑠瑠と交換なんかできるか!」と拒絶します。この事件を通じて,彼の中で,瑠瑠とは「人形」ではなく,一個の「人間」「人格」として位置づけられることで,あくまで「黒い石」を埋め込まれた「人形」としての瑠瑠を欲するヘルメス教団と対立することになるわけです。
 ですから,一方で,むしろ「人形愛」を,マジカルな形で否定していくことが,この物語の牽引力になっていくのではないかと,想像します。

 また錬金術絡みで登場するのが,「ヘルメス教団」−錬金術師ヘルメス・トリスメギストスを尊ぶ,ヨーロッパ中世以来の秘密結社というわけで,作中,燐子(ちゃん先輩(笑))も言っているように,「東洋魔術vs西洋魔術」という構図で,物語は進んでいきます。このヘルメス教団と阿部銀樹瑠瑠がどう関係するのか? 阿部家が隠れキリシタンの末裔であるという設定が,どのようにはめこまれるのか? そのあたりも楽しみですね。
 このようなペダントリックな伝奇趣向は,『ディスコミュニケーション』においても,すでに片鱗が見られましたが,このシリーズは,より鮮明に前面に押し出されているように思われ,『ディスコミ』とは異なるテイストを産み出しています。「危ないネタ」にあふれた本シリーズでありますが,こういった伝奇的性格は,もっと注目されても良いのではないかと思いますね。

03/03/29

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