諸星大二郎『栞と紙魚子と夜の魚』朝日ソノラマ 2001年

 どこかちょっとずれた女子高生,紙魚子の主人公にした本シリーズ第4作は,「古本ネタ」「魚ネタ」,あるいは両者をミックスしたエピソードが多いです。たしかに本を食べてしまう虫のことを「紙魚」というし,古本屋などで買った本を「釣果」と称することもままありますので,本と魚というのは縁が深いのかもしれません(<ホントか?^^;;)

 たとえば「本の魚」は,紙魚子の実家である古本屋宇論堂に持ち込まれた大きな本は,じつは「魚」だったというお話。その「魚」が「獲物」を消化するためには,「獲物」の了解が必要であるという設定がおもしろいですね(吸血鬼ドラキュラが,招かれないとその家に入れない,みたいな感じです)。でもって,紙魚子に「了解」させるための方法を,古書コレクタの心理を妙に説得力をもって描いているところが笑えます。江戸川乱歩『青銅の魔人』って,希少本だったんですね。「本の魚2」は,タイトル通り,その続編。作者が興に乗ったのか,本に棲息する(?)いろいろな魚が登場します。「ゼンシュウツボ」の発想が秀逸ですね。全集ものって,本棚ではけっこう兇悪な顔してますものね(笑)。
 ストレートな「本ネタ」というと「古本地獄屋敷」。紙魚子の父親が,ある古本を探しに行ったまま,行方不明になり・・・という,古本業界で囁かれている「噂」のようなテイストの作品です。その本が「室井恭蘭全集」というところが,諸星ファンを喜ばせてくれます(『暗黒神話』その他で顔を出す江戸時代の国学者ですよね)。それにしても紙魚子親子の会話−父「紙魚子,その本を捨てなさい!」,紙魚子「父さんこそ,しっかり本を持っているじゃないの」−は,つくづく親子のつながりの深さを表してますね(笑) ところで,こういった古本に埋まった屋敷という設定,紀田順一郎の小説にありませんでしたっけ?
 「本ネタ」というば「顔・他」というショート・ストーリィを5本収録したエピソードに「立ち読み幽霊」というお話が入っています。「立ち読み幽霊」って,なんだかいかにもありそうな感じですね。それと紙魚子による撃退法が(ある一部の読者にとってはとんでもなく)すさまじいです。幽霊が「うれめしや」と言いたくなる気持ちがせつせつと伝わってきます(笑)

 一方,この作者の奇妙な(偏った?^^;;)想像力が全開されているのが,「見知らぬ街で」と表題作「夜の魚」でしょう。
 「見知らぬ街で」は,栞が紛れ込んだ変な街が描かれています。ダリのシュールリアリスムの絵画を思わせるところと,江戸川乱歩に代表されるような,戦前の探偵小説的風景とが混在となった世界は,この作者の初期の作品を彷彿とさせるものがあります。(SF的シチュエーションではありますが,『夢の木の下で』に近いテイストですね)。個人的には「怪人猫マント」のチープさが好きです。
 最後の「夜の魚」は,これまでに登場したキャラクタが総出演,もしかするとシリーズ最終作なのでしょうか? 真夜中の住宅街を,巨大なリュウグウノツカイが,燐光を放ちながら「回遊」するシーンは,じつに幻想的ですね。作者はまずなによりもこの光景を描きたかったのではないでしょうか。それと蟹(?)に変身したキトラさん,似合いすぎて怖い(笑)(う〜む,「蟹」というより,どちらかというと『遊星からの物体X』(リメイク版)かな?)。

 で,本集中,一番のお気に入りは,『新耳袋』にでも入っていそうな都市伝説的ショート・ホラー「顔(一)」だったりします。

01/08/30

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