諸星大二郎『夢の木の下で』マガジンハウス 1998年

 9編をおさめた本作品集は,「I」「II」にわけられています。
 「I」の5編は相互に連関しています。そのうち4編―「遠い国から 第一信」「遠い国から 追伸 カオカオ様が通る」「第三信 ナルム山紀行」「第四信 荒れ地にて」―は,いずれも寡黙な旅行者が,さまざまな不可思議な自然や奇妙な習俗をもった人々の住む街や星をめぐるという連作短編になっています。
 たとえば「第一信」では,ガラクタばかり集め,実用品や実際的なものを軽蔑する街を主人公は訪れます。そしてそこでこの街の重罪人―ガラクタ泥棒―の死刑を見物します。絞首台には罪人の財産―ガラクタ―が置かれ,ある程度以上の重さになると絞首台の板がはずれ,死刑が執行されるようになっています。重さが足りないと死刑は中止になりますが,非常に不名誉なこととされています。ところがその罪人はわずかばり財産が足りません。そこで罪人の妻は我が子を石で打ち殺し,その死体―ガラクタ―を加えることで,死刑は無事執行されるというエピソードです。ナンセンスのようでいて,なにかのカリカチュアのようにも見え,どこか不条理劇をも連想させる不気味な挿話です。
 また「追伸」では,「カオカオ様」という神とも魔人ともつかぬ異形の巨人に対する,いろいろな街の住人の反応が描かれ,「ナルム山紀行」では,ひとつの山の周囲に住む3つの民族の不思議な関係が語られます。いずれも幻想的で異界的,少々ユーモアとアイロニィを漂わせた奇妙なお話です。この作者らしい「宇宙」に対する想像のように思えます。
 「第四信」は,荒れ地の途中で車が壊れ,主人公ら一行は,荒れ地を彷徨います。そして「モボク」と呼ばれる不可思議な植物に出会います。かつてモボクと人とは共生し,互いに夢を交換しながら生きていたという伝説が語られます。その伝説は,表題作「夢の木の下で」として,本書冒頭に掲げられています。それは「諸星流失楽園」とも呼べるのかもしれません。さて「第四信」のラストで,主人公たちは巨大なモボクに出会います。つぎつぎと眠り込む人々の中で,主人公だけがモボクとの夢の交換ができません。最後に彼はつぶやきます。
「私はその巨大な植物から,この世界の夢を見ることを拒絶されたのだ。私は結局のところ異邦人であり,自分の世界の夢を見ることしか許されないのだろう」
 このセリフに作者自身の姿―現実の世界に対する異邦人―を読みとってしまうのは,わたしだけでしょうか?

 さて「II」に収録された4編のうち3編は,「壁男」の「Part1・2・3」です。人知れず壁の中に生きる人々の中に,ひとりの女が入り込んだことから,しだいに壁男の世界が崩壊していくという,一種,都市伝説にも似た連作短編です。読んでいて,思わず部屋の壁をまじまじと見つめてしまいます。
 ラストの「鰯の埋葬」は,窓際社員が,会社を守る「神様」の“お勤め”を任されるというお話です。巨大企業や行政機構と,民俗学的な“神様”や“生贄”とを結びつけたストーリィ―「会社の幽霊」とか「礎」とか―は,この作者の得意とするところでありますが,この作品もその系列に属するものと言えるでしょう。権力者ほど非合理的な力―占星術や予言など―に頼りやすいという話をしばしば耳にしますしが,たとえどんなに文明が発達し,科学が進歩しても,人というものが,心のどこかに古い因習や闇を抱え込んでいるのでしょう。個人的に好きなモチーフです。

98/11/16

go back to "Comic's Room"