永久保貴一『闇咲くりんどう』ぶんか社 2001年

 5編を収録した短編集です。シリーズものではない短編集というのは,もしかしてこの作者はじめてなのかな?(『生き人形』も短編集とは言えなくもないけど・・・)。
 さて『カルラ舞う!』を代表とする,この作者お得意の伝奇アクションでは,さまざまな歴史上のエピソードや,伝説,神話が盛り込まれますが,この短編集では(1編を除いて)いずれも戦国時代や江戸時代といった過去が舞台となっています。作者曰く「伝承時代劇」とのこと。伝奇アクションでは「背景」とされていた「世界」を,ストレートに前面に押し出して描いた作品群と言えましょう。

「闇咲くりんどう」
 戦国の世,落城直前に逃げ延びた竜童丸たちは…
 本編を読んで,「ほよ」と思ったのが,立ち回りシーンのニュアンスがちょっと変わった感じがしたことです。伝奇アクション作品でも,数多くの立ち回りが描かれていますが,本編のそれは,ストップ・モーションを上手に用いて,これまでにない迫力ある画面を構成しています。たとえば妖怪の顔を小幡家の守り刀で切り裂くシーン,あるいは瀕死の妖怪が赤子に対して放った一撃を,竜童丸が身を挺して防ぐシーンなどなど。苦いストーリィ展開の末に,ラストでの少年の一言には「ほっ」とさせられますね。
「黒ゆり秘剣 鬼蜘蛛」
 難病に苦しむ母親を救うため,化け物が住むという山に入った白鳥丸は…
 「剣豪による化け物退治」という,まさに口頭伝承の黄金パターンです。公家姿の妖怪鬼蜘蛛の造形が,なかなか憎々しくてグッドです。公家には,裏でコソコソ陰謀を計るといったイメージがあるのかもしれません(<偏見?^^;;) ラストの悲恋へと繋がっていくツイストも巧いです。それにしても登場する「秘剣 水面薙」って,なんだか藤沢周平「隠し剣シリーズ」に出てきそうなネーミングですね(笑)
「天竺幻妖伝 封印の椿」
 果心居士によって鬼が封じ込められた椿の木。それを守る少女は…
 この作者の好きな「長髪の妖しいおにーさん」(笑)が登場するお話。果心居士というのは,やはり魅力的な素材なんでしょうね。戦国時代の稀代の幻術師と伝えられる彼を,思い切って換骨奪胎して,幻術師というより,陰陽師みたいなキャラクタに仕立て上げてしまうところがユニークですね。ストーリィ展開もスムーズです(ラストで主人公の少女を救う「幻術」はちょっといただけないですが)。ところで,本編で果心居士が唱える呪文(?)「アンギラス」というのはどういう意味があるのでしょうか? わたし,怪獣の名前しか思い浮かばないんですが(^^ゞ
「蛇神伝承 幻の白木蓮」
 野武士を殺して逃げ来た男は,雪深い村で穏やかな生活を送るが…
 この作者のおなじみコーナー「酒呪雑多」によれば,本編は敦賀地方に伝わる伝説を元にしているそうです。たしかにストーリィは,蛇神を祀る村にありそうな内容ですね。そこに,人を殺したことを悔いる主人公を設定し,彼とその妻との心の揺れ動きを挿入したところが,作者のオリジナルな部分なのかもしれません。物語に奥行きを与える心憎い設定ですね。
「神道オカルト草子−七夕の祭−」
 川端にたたずむ「七夕塚」に祈りを捧げたことから少女は…
 この作品のみ,すでに単行本化されている『神道オカルト草子』のワン・エピソードです(コミックのヴォリュームとの兼ね合いで未収録だったのかな?)。巷間に伝わる「七夕伝説」というのは中国から伝わったものと聞いています。それが土着化していく過程で,いろいろなヴァリエーションが生まれたのでしょうね。本編で描かれるような「七夕様」もきっとあるのでしょう。そして伝説の背後には悲しいまでの「現実」が隠されているのかもしれません。

01/09/14

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