わかつきめぐみ『黄昏時鼎談』白泉社 1992年

 相変わらずストレスがたまっています(苦笑)。というわけで,『So What?』を読み返したり,書店に行くと,気がつくとわかつき作品に手にしています(詳しく事情はこちら)。
 12編の掌編短編を収録しています。ファンタジィにしろ,生活の一面をスケッチ風に切り取った作品にしろ,掌編や短編にこそ,この作者の持ち味がもっともよく出るのではないか―そんな風に思わせる作品集です。

「黄昏時鼎談」
 7話よりなるショート・ストーリィのシリーズものです。ただタイトルに「鼎談」とありますように,おそらく最初は3話で終わる予定だったのではないかと推察されます(初出誌のデータを見てもそんな感じがします)。いずれもほんわかファンタジィなのですが,「日常」と「ファンタジィ」が同一地平上で交錯する,というこの作者お得意のパターンが多いようです(登場人物が「ファンタジィ」に直面してもぜんぜん動じませんし,もののけが小学校に通っていたりします(笑))。個人的に好きなエピソードは,「座敷童」ならぬ「学校童」が登場する「第四話」の中の「とある古い学校の話」,同じく「第四話」の,幻想的なイメージが美しい「魚が好きな女の子の話」「鏡魚」という発想と主人公のコミカルな対応が楽しい「第六話 罰そうじを言いつけられた女の子の話」といったところでしょうか。ところで,それぞれの話をしている女性たちを「女神」と思ってしまうのはわたしだけでしょうか?
「2.5―D」
 写真が趣味の久美子は,彼女が撮ろうとした風景に妙に溶け込んだ男性を見つけ・・・
 不思議なタイトルに「どういう意味だろう?」と思っていたのが,ラストで「なるほど」と納得。こんな恋のはじまりもすてきかもしれませんね。
「螺旋のユーウツ」
 近頃あたしは機嫌が悪い。それというのも,あいつのせいなのだ・・・
 嫌っているはずのケンカ相手に,気がつくと好意を抱いている――比較的よく見かけるパターンのラヴ・コメとはいえ,へんにドロドロしたところがなく,すっきりと描き出しているところは,この作者独特のテイストですね。冒頭の「近頃あたしは機嫌が悪い」の「原因」が明らかにされるラストは,巧みな構成と言えましょう。
「blue3
 ぼくの名前はヘクトー。入江さんちの飼い犬です・・・
 もう「ほほえましい」としか言いようのないお話。ヘクトーが,ちょっとおまぬけですが,その健気さが愛らしいです。ちなみに“ヘクトー”とは夏目漱石の飼い犬の名前とのこと。
「Earth Blue」「Forest Green」
 染物師の浅葱(あさぎ)さんと,その押し掛け弟子碧(あおい)くんのお話2編です。ただ舞台が「異界」なので,どこか「魔法使いの師弟」といった趣があります。「Forest・・・」のラスト・シーン,木から天空へ飛翔する“翠影魚”の幻想性と,その魚に対する浅葱さんのコメントが素敵です。
「彼女の瞳」
 森の中で迷った旅人は,目隠しをした少女に出会う・・・
 自分のせいではまったくないのに「邪眼」を持ってしまった少女の哀しみ,治せるかどうかわからないままに手を尽くそうとする薬師の無力感,その話を聞いて,ただ去るしかない旅人のせつなさ・・・哀しみに満ちた作品ながら,その悲哀感はどこか透明感のあるものです。おそらくそれは,鈴を手にしたときの少女の笑顔のせいなのでしょう。本集中,一番お気に入りの作品です。
「伽南の森」
 いまはもうさびれてしまった小さな村のはずれに住む真鳥のもとに,ある日,伽南が訪れ・・・
 設定はファンタジィではないものの,どこかファンタジィ・テイストを持った作品です。おそらく,ここで描かれるような「森の生活」は,いまではファンタジィの中でしか見られないものだからかもしれません。
「くちなしの薫る頃」「春は花笑み」「天つ水降り」
 鶉山の主様は,梔子山の主様の茜姫が大好きです・・・
 ファンタジック・ラヴ・コメディです。感情表現豊かな(笑)鶉山の主様が笑っちゃいます。その「困った顔がかわいい」という茜姫も,なかなか性格がよろしいですね(笑)。ところで,『言の葉遊学』所収の「雨の宮 風の宮」は,この作品の続編のようですね。プレイ・ボーイでロリコンの雨師都世くんが,ここでは人妻にちょっかいだしてます(う〜む・・・性懲りがない(笑))。
「ONE WAY」
 春爛漫,桜の木の下で老いた夫は妻に,あることをうち明ける・・・
 ほのぼのとした情景の中,夫の心の奥底に沈んだ苦渋と,それを昇華させる妻の言葉。ふたりの周囲に舞い散る桜の花弁が,解放された夫の気持ちを象徴しているように見えます。

00/01/18

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