高橋葉介『ライヤー教授の午後』朝日ソノラマ 1999年

 文庫版「ヨウスケの奇妙な世界」の第10巻,『仮面少年』『ミルクがねじを回す時』に続く初期短編集の3冊目です。

 怪しげで,どこか抜けたようなライヤー教授と,醒めたような純真なような,ちょっと風変わりな少年ミリオンを主人公としたブラック・ファンタジィの連作短編です。全部で8話よりなりますが,大きくふたつのパーツに分けられます。
 前3話―「びん詰心臓」「ミリオンの首」「ミリオンのおつかい」―は,それぞれ独立したエピソードで,いずれも奇抜なイメージにあふれています。たとえば「びん詰心臓」は,ライヤー教授が,むかし「飼っていた」という心臓のお話。一種のホラ話なのですが,最後にミリオンが見る夢がなんともグロテスクで不気味です。血の雨を浴びながら,焦点の定まらぬ眼で空を見上げるミリオンの姿が怖いです。「ミリオンの首」のラストも,夢かと思いきや,と反転させるところが,オーソドックスなオチながら,独特のタッチで「見せます」。ラストで好きなのは,第3話「ミリオンのおつかい」です。ライヤー教授が休暇を出した(?)目や口,鼻が帰ってこないという,これまた奇怪なシチュエーションなのですが,すったもんだした末に,ミリオンは「ごほうびに目玉をひとつ」と額に眼球をつけられてしまいます。「やだ,やだ」と泣いているシーンが一転,額の眼球が枯葉に変わり,さびしげな道にひとりたたずむミリオン,というラスト・シーンは,それまでのスラプスティクとコントラストが鮮やかです。

 後半の5話は,気球に乗って旅に出た教授とミリオン,不時着したところは,猫夫人の領地で・・・,という連続したエピソードです。この猫夫人,じつに強烈なキャラクタで,タイトルこそ「ライヤー教授の午後」ですが,教授とミリオンの影は薄く,「猫夫人」という別のシリーズと言えなくもありません^^;;
 さてこの5話の魅力は,なんといっても猫夫人,執事のデヴィッド,弟のファーパーの間で繰り広げられるブラックでナンセンスな会話や,満月を見るとデヴィッドが,「見るもおぞましい」「ハンサム」に変身してしまうとか,ファーパーの悪のり演説,デヴィッドの変装などなど,ひとつひとつは小粒ながら,さながら機銃掃射のようにギャグが飛び出してくるところでしょうね。で,ラスト,ファーパーの演説に乗せられて,猫夫人に叛乱を起こした住民の末路には,驚かされます。まさに悪夢的世界の終結にふさわしい悪夢的な結末ですね。そして,ミリオンの最後のセリフ,
「結局,今日から明日へ移るってことは,悪夢から別の悪夢へ乗り換えることなんだろうし」「そうしてまた別の悪夢が始まるのさ」「悪夢なら悪夢でその中でせいいっぱい生きるよりしかたないんだ・・・」
も,なにやら意味深で,味わいがありますね。
 ところでこの猫夫人,作者もお気に入りと見えて,この作品とは別に「猫夫人」という独立した(ちょっとエロチックな)短編もありますし,少年探偵版『夢幻紳士』では,魔美也の“伯母さん”という設定で活躍(?)します(かなり,おちゃらけていますが(笑))。

 本集にはもう1編,グロテスクでスプラッタながら,もの悲しい短編「傷つきやすい青春」を収録しています。この作者,この手のパターンの作品が多いですね。もしかしてなにかトラウマでもあるのかな?

98/05/08

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