高橋葉介『ミルクがねじを回す時』朝日ソノラマ 1999年

 『仮面少年』に続く,この作者の初期短編集の文庫化です。ホラーあり,コメディあり,メルヘンあり,奇妙な味あり,スラプスティクあり,ファンタジィあり,SFあり,不気味あり,ブラックあり,せつない話あり,アイロニカルな話あり,と,この作者が卓抜したショート・ストーリィの描き手であることを,あらためて感じ入った作品集です。やっぱりヨースケはおもしろい!

 この作品集で,お気に入りをあげよと言われれば,まずは「腹話術師」です。すばらしい腹話術の才能を持ちながら,売れずに貧しさの中で死んでいく少年。途中,少女と蝶のエピソードがハートウォームですし,ラストの「アーメン」は,奇想が冴えるとともに,なんともせつなくもの哀しいです。
 それから「墓掘りサム」。のどかそうに見える村にひとりの男がやってきた。彼の名は“墓掘りサム”。人は彼を“死に神”と呼ぶ・・・。世界の破滅の光景を切り取って描いたショート・ストーリィの傑作は数々ありますが,この作品もその1編に加えてしかるべきものでありましょう。「いったい誰が俺の墓を建ててくれるのだ?」というサムのセリフは,人間以上に「孤独の哀しみ」を表しているように思います。
 また「笛」は,死に神と,「死」と引き替えに笛を吹くことを約束した少年の話。人類の死滅した荒野でひとり笛を吹き続ける少年の見開きページと,ラストのベタをバックにした少年の顔。ストーリィの奇妙さとともに,この作者独特のタッチが効果的に用いられています。
 「奇妙な味」といえば,「卵」も不思議な感触を持った作品です。パーティで知り合った女性は「卵を飼っている」と言い・・・。理由も原因も,そして結末さえもいっさい説明なきままに淡々と進む奇妙なエピソードです。卵から再生する怜子の不気味な,それでいてエロチシズムに溢れていることといったら!

 この作品集には,秀逸なブラック・コメディも数多く収録されています。表題作「ミルクがねじを回す時」は,不思議な少女ミルクを主人公としたオムニバスです。わたしとしては,彼女の占いのエピソードが好きで,砂漠の真ん中でグランド・ピアノの下敷きになって死んだコワルスキーおじさんには,思わず苦笑してしまいます。
 同じようなオムニバス形式のものに「遊介の奇妙な世界」があります。似顔絵描きのアルバイトをする遊介のもとに,理想の女性を描いてくれと依頼があり・・・という「Part3」が一番好きです。奇妙でありながら,ほのぼのしています。こんな風なことがあったら,じつに楽しいですね。
 「追跡行」は,家出した妻を追いかける夫の話ですが,その妻がなんと世界を統一してしまうという奇想天外なシチュエーションのコメディです。世界統一よりも,家で夫のためにお茶を入れることを優先させる結末に,書生の万太郎「感動的な話だなぁ」とコメントするところには笑ってしまいます。

 ところで,『マンイーター』に入ってる「お気に召すまま」は,本書所収の「カメレオン」のグロテスク・ヴァージョンだったんですね^^;;

98/04/10

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