浦沢直樹・手塚治虫『PLUTO』2巻 小学館 2005年

 世界最高水準のスーパーロボットの連続破壊事件とロボット人権擁護派の連続猟奇殺害事件…両事件の「被害者」たちの共通点は,4年前の第39次中央アジア紛争にあった。彼らは戦場でいったい何を見たのか? そして事件を追うゲジヒト刑事は,ひとりの「少年」と会うために日本へ飛ぶ。「少年」の名前はアトム…

 浦沢版『鉄腕アトム』の第2巻です。この巻では,物語のメインとなるモチーフがふたつ提示されたように思います。ひとつは「兵器としてのロボット」,そしてもうひとつは「ロボットの心」です。

 原作の副題「史上最大のロボット」とは,言い換えれば「史上最強の兵器」であることも意味します。今回,ストーリィの「鍵」として浮上した第39次中央アジア紛争では,「大量破壊ロボット製造禁止条約」違反が,戦争の大義名分とされています(あからさまにイラク戦争のパロディになっています)。そしてモンブランブランドゲジヒト,さらにアトムさえも,その戦争に関わっています。
 登場人物のひとりは言います。「あの戦争を終結させたのは,その七体のロボット達だ……彼らは世界のパワーバランスを担っていた」と。つまり「史上最大のロボット」とは,単なる「大」「小」,あるいはゲームにおける「強」「弱」などではなく,「現実」の政治世界における強大な「軍事力」として,否が応もなく存在せざるを得ないのです。
 浦沢直樹の「アトム」は,このようなリアリスティックな「世界」として描かれることになるわけです。

 そしてもうひとつ「ロボットの心」。中央アジア紛争で,スーパーロボットたちが得た“感情”−憎しみ・殺意・絶望,そしていたわり。またアトムが,ゲジヒトのメモリを読み取ることによって流す涙,別れの際,手を振るアトムに「胸がいっぱいになる」ゲジヒト…高度に発達した人工知能は,彼らをより「人間」へと近づけます。
 そしてそれは,ブランドの「通信」に象徴的に表されています。プルートウと闘い,破壊された彼は,「死」の間際,ゲジヒトやアトムに敵の情報を伝えようとします。それはきわめて合理的な行動です。しかしその合理的行動は「家族の肖像」によって阻害されます。
 ブランドの(ロボットとしての)コントロールを無視するように送られ続ける家族たちの姿,子どもたちの笑顔・笑顔・笑顔……「死」の間際に家族のことを考えること,家族への想いを伝えること…同じ悲劇的なシチュエーションながら,第1巻ノース2号のエピソードでは間接的にしか描かれなかった「ロボットの心」を鮮やかに描き出しています。

 「兵器としてのロボット」と「ロボットの心」…このふたつのモチーフは,今後,彼らに苦悩を与えていかざるを得ないでしょう。それは,『MONSTER』に登場したグリマーの悲劇−権力によって産み出された「感情なき兵士」の悲劇に通じるものがあると思います。そして「人間」は,そんな「ロボット」たちにどのように対すべきなのか…
 それゆえ,浦沢版「アトム」が,「ロボットの物語」であるとともに「人間の物語」として進んでいくのではないか…そんな予感がしてなりません。

 ところでミステリ者として「おもしろいな」と思ったのが,田崎純一郎殺害事件「立体再現」のシーン。SFミステリについてあまり素養がないのでわかりませんが,この「未来の捜査方法」はとてもユニークで,感心しました。

05/05/07

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