漆原友紀『蟲師』5巻 講談社 2004年

 「生きた全部を誰かにあげるくらいなら,母さんのまま死んだ方がまだいい」(本書「沖つ宮」より)

 シリーズの第5集です。収録された5編には,各編,おそらく雑誌掲載時のものと思われるカラー・ページが,カラーのまま入っています。『フィラメント』の感想文でも書きましたように,この作家さんのカラーは,水彩画を思わせる美しい風情のあるものですので,この選択は正しいものだと思います。

「沖つ宮」
 その岩礁の傍に遺体を沈ませると,死者は“産みなおされる”という…
 「海は万物の母」あるいは「海中の浄土」といった伝統的な観念と,「クローンのアイデンティティ不安」というSF的な着想を融合させた作品と言えましょう。不老不死は,何人も,一度は願うことなのかもしれませんが,それでもやはり,死があるがゆえに生は,その輝きを得ることができるのだと思います。冒頭に引用した少女のセリフを読んで,そんなことを思いました。
「眼福眼禍(がんぷくがんか)」
 「目玉を山に捨ててくれ」…琵琶を弾く女が,ギンコにそう頼んだ…
 「予知能力者の孤独と悲劇」という点では,このエピソードも根っこは「SF」のように思えます。が,周(あまね)の眼に入り込む“眼福”,そしてそこから“脱皮”する眼福のイメージが,じつにフィジカルで,発想はSFでも,描き方は“土俗”といったテイストが漂っています。この周という女性キャラ,個人的に好みです(笑)
「山抱く衣」
 人気絵師の故郷が,山崩れで壊滅してから…
 ストーリィは,「故郷を忘れた絵師が絵を描けなくなり,故郷に帰ってまた描けるようになりました」という,人情ものに「ありがち」な展開なのですが,そこに“産土(うぶすな)”という蟲を絡めることで,このシリーズ独特の雰囲気を醸し出しています。珍しく商売っ気を出したギンコの,人の悪そうな表情がグッド。
「篝野行(かがりのこう)」
 草の形をした蟲を根こそぎ退治するため,その蟲師は火を放つが…
 以前にも書きましたが,本シリーズでは“蟲”は,自然の一部として設定されています。それゆえ,“蟲”に人間に対する悪意は存在しません。しかしそれでもなお,“蟲の生”と“人の生”の間に利害が生じ,対立関係が生まれてしまいます。ギンコのセリフ−「ゆっくり治していくんだ。少しずつ,確実にな…」は,そんな“蟲”と人との微妙な関係を物語っているのかもしれません。ところでこのエピソードのカラー表紙,本集で一番好きです。
「暁の蛇」
 母親が奇妙な物忘れをするようになった理由は…
 人は「忘れる動物」だと言います。「忘れるからこそ生きていけるのだ」と。それはおそらく,すべての体験を記憶してしまうには,人の生が,そして“世界”が,苦痛に満ちているからなのかもしれません。“蛇”が母親から出て行ったのは,きっと「食べ過ぎ」たのでしょう。それだけ母親の,一見ぼうっとした感じの彼女の,失踪した父親に対する想いが大きかったからなのかもしれません。

05/01/03

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