高橋葉介『夢幻紳士 幻想篇』早川書房 2005年

 この感想文は,本作品の内容に深く触れています。未読で,先入観を持ちたくない方は,ご注意ください。

 莫大な財産を相続した“僕”の周囲には,不可解で不穏な雰囲気が満ちている。しかし,トラブルが訪れるたびに現れ,“僕”を救い出してくれる黒衣の男。その男とは…

 『ハヤカワ・ミステリ・マガジン』に1年間連載された,シリーズ最新作です(もっとも,2005年6月現在,「逢魔篇」というのを,同誌で継続連載中のようですが…邪推するに,1年間やってみて,好評だったので,続いたのでは?(笑))。
 発表媒体を意識してのことでしょう,一時期(?)日本のミステリで流行し,加納朋子若竹七海などが得意とする「連作短編集」−つまり個々に独立した短編集でありながら,最後になって「一本の筋」が通る長編的体裁の作品−というスタイルを取っています。
 さらに主人公の“僕”が,(京極堂シリーズ関口巽みたいに(笑))情緒不安定で,「妄想」と「現実」とをしばしば混交するキャラクタということで,つねに「どこまで現実で,どこまで妄想なのか?」という不安定で曖昧なストーリィ運びが,サブタイトルの「幻想篇」というテイストを,じつに的確に,かつ上手に産み出しています。

 しかし,本シリーズでもっとも注目すべきは,夢幻魔実也の,ユニークな設定でしょう。“僕”が危機に陥るたびに救い出すガーディアンとしての役回りは,たとえば『学校怪談』での九鬼子先生に対するそれに近いものではありますが,じつはこの夢幻魔実也,魔実也であって魔実也でない,あるいは作者の「夢幻紳士は3人いる」という言を借りれば,「4人目の夢幻紳士」であるとも言えましょう。
 切れ長の妖しい目,皮肉な笑みを浮かべた唇,黒い帽子に全身黒衣…とくれば,彼が,20年におよぶシリーズであり,この作者の代表的キャラクタでもある夢幻魔実也であると疑うファンは,まずいないでしょう(タイトルも「夢幻紳士」ですし(笑))。
 しかしおそらく作者は,こういった読者心理を逆手に用い,これまた日本のミステリ・シーンでは定着している「叙述ミステリ」的手法を大胆に取り込むことで,終盤において思わぬ「仕掛け」を明らかにします。
 つまり本編の「夢幻魔実也」は,“僕”の「壊れた心」が作り出した「架空の人格」であったのです。“僕”とは,じつは女性であり(このあたりは途中で見当がつくものの,魔実也が「架空の人格」として産み出される設定の根拠にもなっていて巧いです),路傍ですれ違って強い印象を受けた「本物の魔実也」のイメージを使って作り出した,いわば「多重人格のひとう」という設定です。
 もちろん,純ミステリ的に言えば,終盤のエピソード「影が行く」で,「架空の魔実也」と「本物の魔実也」が「出会う」シーンは,スーパーナチュラルなものでありますし,また作者が「あとがき」で書いているように,このようなスタイルとして「破綻」しているとも取れるエピソードもあります。 けれども,それはあくまで「純ミステリ」として瑕瑾であって,このような「4人目の夢幻紳士」を創造し,なおかつこの作者らしい幻想性を発揮したシリーズとして,十分に楽しめるものでした(わたしがこの作者に「純ミステリ性」を求めていないということも当然ありますが)。ラスト・エピソード「君の名は」の美しいまとめ方も見事です。

 と,まぁ,「長編」としての本編の感想は以上ですが,各エピソードについて言えば,「元ネタ」と同様,リドル・ストーリィとしての味わいが楽しめる「女か,虎か」,この作者お得意の「時間怪談」とも言える「瞬きよりも速く」,幽霊までもたらし込める(笑)という魔実也の本領が出ている「渚にて」がお気に入りのエピソードです。

05/06/19

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