冬目景『黒鉄<KUROGANE>』5巻 講談社 2001年

 半分生身,半分機械の渡世人鋼の迅鉄を主人公とした冬目版「股旅もの」の第5巻です。本巻には3つのエピソードが収録されています。

「第十二幕 SWORDS MAN(中山道の標(まと)争い)」
 娘を殺した渡世人を追ってくれ,と依頼された迅鉄は,中山道を北へ向かうが……
 このエピソードには,三次を名乗る渡世人が登場します。長脇差を扱えるとは思えない細身ながら,2本の小刀を巧みに操る腕利きです。こういった設定の作品では,主人公の前に,さまざまな「技」を持ったキャラクタが現れるのが,いわば「お約束」でありますが,このキャラ,それだけでなく,エピソード全体のモチーフと深く結びつけているところは,この作者の「お話づくり」の力量といえましょう。
 「人間てな手に入らないものに価値を求めるもんなんだな。何の苦労も無く得たものは,どんなお宝でも輝きを失うものなのか?」という彼の「独り言」は,非力な自分を補うために「技」を身につけた彼が呟くからこそ,説得力を持つのでしょう。ラストで明かされる思わぬ真相はいいですね。迅鉄の「ぼやき」も苦笑させられます。

「第十三幕 A DENSE FOG(幽見峠の鐵(くろがね))」
 上州から信州に抜ける幽見峠。そこで鉄のような幽霊が出るという……
 迅鉄と紅雀の丹(まこと)は,「雪の花」と呼ばれる覚醒剤絡みの事件に巻き込まれるお話。もともと本シリーズは,舞台が江戸時代とはいえ,主人公が今風に言えばサイボーグということもあり,現代的なネタがけっこう挿入されています。本編もそんなひとつ。迅鉄が偶然知り合った「雪の花」におぼれる青年のセリフは,まさに現在のものでしょう。でもって,この作者お得意の断髪の小粋な悪女が登場。ラストの「狐ぶり」がじつに良いです。このキャラ,また顔を出しそうですね。

「第十四幕 CHASER(迷走の青い宵(よる))」
 渡世人の娘で,今では道場主の養女となっている小宵は,実父の仇として迅鉄を探すが……
 このエピソードに登場する小宵という少女,『羊のうた』『イエスタデイをうたって』で,若者の孤独と焦慮を描いてきた,この作者ならではのキャラクタといえるのではないでしょうか。実父の「仇」を取るという小宵。しかし「仇」とは言いながら,実父には10年前に捨てられ,顔さえも思い出すことのできない。いったい彼女の真意は奈辺にあるのか? 彼女は言います。
「私は人が斬りたいのだ」
「わたしが人を斬るのに理由などない。わたしはそういう人間なのだ」

 みずからをまるでサイコ・キラーであるかのように装う彼女ではありますが,その奥底には深いアイデンティティの不安を抱え込んでいます。「渡世人の娘」であり,剣道場の養女になり剣の腕を磨いても,女ゆえにそれを活かす術もない……そんな懊悩を癒すために,ただ無表情,無感動に振る舞うしかない彼女の姿は,時代を超えた一般性を持ち得るものでしょう。そんな彼女を理解する下男風嶽の存在が,彼女をして殺人者にしてしまうことを回避させます。それが救いとなっています。ならば彼のような理解者の「不在」が,現在の殺伐とした事件の多発の背景にあるのではないか,などと深読みしたくなります。
 それにしても朱女姐さんは,やっぱりいいですね。乞う再々登場(笑)

01/12/24

go back to "Comic's Room"