冬目景『イエスタデイをうたって』1・2巻 集英社 1999・2000年

 大学卒業後,コンビニでアルバイト生活を送る魚住の前に現れた,カラスを連れたヘンな少女ハル。それから彼の生活は,どこか少しずつ色合いを変えていく。そして,魚住が学生時代に想いを寄せていた森ノ目品子がふたたび東京に戻ってきて・・・

 「オーソドックスな青春恋愛もの」といってしまえば,それまでなのですが・・・
 考えてみると,「オーソドックスな青春恋愛もの」というのは,ある意味,きわめて難しいジャンルなのかもしれません。とくに短編ならともかく長編においては・・・最近のマンガの状況や,テレビの恋愛ものドラマを知らないわたしの視界に入ってこないだけなのかもしれませんが,近年の恋愛ものは,男女のコミュニケーションを主眼におきながらも,そこにさまざまなアイテムをゴテゴテと投げ込んでいるように思われます。それはSF的あるいはファンタジィ的な設定であったり,逆に過去の時代を舞台にしていたり,はたまた登場人物たちの生きる世界を特殊な業界としてみたり・・・要するに,どこにでもあるような「ボーイ・ミーツ・ガール」の世界というのは,この(少なくとも表面的には)平和で安穏な現代ニッポンでは,平凡すぎて「ドラマ」にならなくなっているのかもしれません(とくにマンガの場合は,テレビ・ドラマや映画と違って,日常を描こうと,破天荒な非日常を描こうと,労力的には違いがありませんから,より非日常性を描きやすいという利点がありますし)。
 ならば,ストーリィ的に新機軸を打ち出しにくい「青春恋愛もの」が,オリジナリティある魅力を発揮するための手法は奈辺にあるのか,というと,ひとつはキャラクタの書き込みにあるのではないでしょうか。もちろん,マンガでは「絵柄」「タッチ」という問題も深く関わります。

 さてそんな目で,本作品を見た場合,やはり各キャラクタの書き分け,掘り下げ方には卓抜したものがあるように思います。とくにふたりのヒロイン―ハルこと野中晴森ノ目品子(本当は「しな」は「木」偏に「品」なんですが,文字がないので「品」で代用してます)―の対照的なキャラクタ造形がいいですね。
 高校を中退してアルバイト生活を送るハルは,5年前にちょっとだけ関わりを持った魚住リクオに好意をもつようになります。一見,猫的というか小悪魔的な彼女は,リクオを振り回すのですが,そんな強がっているような素振りの背後の寂しさを,作者は丁寧に描き込んでいきます。たとえば「ウソつきって,何も失くさないけど,何も手に入らないんだよね」といったセリフや,中退した母校の卒業式を見るときのせつなげな表情,別れた実の父親が別の家庭を持っていることを確認するシーンなどなど。
 一方の品子は,魚住から「前向き」と言われながらも,金沢の死んでしまった恋人のことが忘れられずにいます。そのせいか,魚住の告白を,「友達でいたい」と退ける彼女の姿には,どこか「恋する自分」を禁じているような,痛々しい心が垣間見えます。またハルから,魚住のことを聞かれた彼女が,散る桜をバックにして―桜は死んだ恋人を象徴しています―,「わたしね・・・本当は・・・好きな人がいるの。でも,もういないの・・・」と,笑みを浮かべながら,それでいて諦めたような哀しい目をしながら答えるシーンは,「前向き」な彼女の抱える孤独と哀しみを上手に表現しています。

 恋するものの心の襞を丹念に描き出す(描き出しうる技量を作者が持っている)本作品は,日常的でオーソドックスであるがゆえに,いやさ,だからこそ,読者の気持ちの奥深くに響くものがあるように思います。これからの展開が楽しみです。

00/08/30

go back to "Comic's Room"