諸星大二郎『彼方より 諸星大二郎自選短編集』集英社文庫 2004年

 初期作品から比較的近年の作品まで,計10編を集めた作品集です。3章構成になっており,それぞれに「彼方より」(3編),「彼方へ」(4編),「遠い世界へ」(3編)というタイトルが付けられています。

第1章 彼方より
「生物都市」
 木星の第一衛星イオから帰還した宇宙船がもたらしたものとは…
 言わずと知れた,この作者のメジャー・デビュー作です。発想そのものはオーソドクスなSFですが,なんといっても,その「泥くさい」とも言えるタッチが衝撃的でした。一コマですが,壁際で抱き合い,笑顔を浮かべながら“融合”する恋人同士の姿が,印象に深く残っています。
「海の中」
 海中をひとり漂う男は,ひとりの女と出会った…
 作者の,この世界に対する“アウトサイダー”的な感覚と,海中で男女が出会うという奇想が,じつに巧くマッチングしています。短いながら好きな作品のひとつです。
「天神さま」
 15年前に“神隠し”にあった少女が戻ってきた。少女のままの姿で…
 「稗田礼二郎のフィールドノート」の1編です。子どもの頃,意味もわからず唄っていた「通りゃんせ」,よくよく考えてみれば,「行きはよいよい,帰りは怖い」って,けっこう不気味ですよね。少女が異界から連れてきた“鬼”による破壊シーン,『西遊妖猿伝』のアクション・シーンを彷彿とさせる迫力があります。また,既存のイメージにとらわれない“鬼”の造形もグッドです。

第2章 彼方へ
「ぼくとフリオと校庭で」
 嘘ばかりつくクラスメイト・フリオが,“ぼく”を連れて行ったところは…
 ポール・サイモンの歌のタイトルを,この作者が使ったのに,ちょっと驚いた作品。わたしが小学生の頃,学年にひとりくらい,こんなフリオのような少年−貧乏で嘘つきで−が,いたように想います。そんな“彼ら”が見せてくれた「世界」は,たしかに平凡な少年にとって,怖くて魅力的なものだったように想います。「奇妙な味」的なテイストを加えながら,共有可能な経験を,せつなく切り取っています。
「ど次元世界物語」
 呪われたようにドジを繰り返す少年の前に現れたのは…
 初期の怪作(笑) この全編「脱力系ギャグ」に満ちた世界は,ある意味,先駆的なものではなかったかと想います。このテイストは,ストーリィ主体の作品に,ときおり挿入されていて,楽しめます。
「ヨシコちゃんと首たち」
 少女は,風船を取ろうとして死んだ少年の“首”を探す…
 マンガというより「絵物語」です。果てしない階段を,数限りない“首”が転げ落ちてくるというシュールさがいいですね。最後の着地も見事です。
「桃源記」
 小舟で河をさかのぼる男は,不可思議な村へと迷い込み…
 陶淵明の有名な「桃花源記」にインスパイアされた作品。「桃源郷」を成り立ちをめぐる「真相」は,この作者らしい伝奇的発想が楽しめますが,それ以上に,主人公と,同行するふたりの男との意外な関係を最後に明らかにすることで,主人公の孤独と哀切を鮮やかに浮き彫りにしているところが印象的です。

第3章 遠い世界
「男たちの風景」
 “おれ”が降りた辺境惑星には,3種類の人間がいた…
 この作品も,発想は,わりとオーソドクスなものですが(性別の反転<ネタばれ反転),やはりこの作者の陰影の深い絵柄と,キャラクタのグロテスク化により,独特の異形世界を作り出しています。それにしてもベッド・シーンの色っぽいこと。
「カオカオ様が通る」
 この作者の短編集『夢の木の下で』所収。感想文はそちらに。
「砂の巨人」
 うち続く旱魃のため,水を求めて南下するチュオルらの部族は…
 砂漠化が進行するサハラを舞台(紀元前1500年頃)にした,「あったかもしれない歴史」のワン・エピソードを,この作者ならでは想像力で描いた作品です。主人公の少年のビルドゥング・ロマンであるとともに,「あの娘は妖精だったのかもしれない」という最後のセリフは,新たな「あったかもしれない歴史」と「あったかもしれない伝説」の始まりなのかもしれません。

05/09/04

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