諸星大二郎『西遊妖猿伝』10・11・12巻 潮出版社 1999年

 ところは中国,頃は隋末唐初。苛酷な圧制と戦乱,飢饉に苦しむ民たちの怨みの化身「斉天大聖」の称号と金冠を受けた孫悟空は,戦いと放浪の日々を送る。一方,真の仏典を得ようと,国禁を犯して天竺へ向かう玄奘三蔵。数奇な運命に弄ばれるふたりは,ついに唐を脱出。彼らの前に広大な河西回廊が広がる・・・

 というわけで,双葉社から9巻まで出るも,未完で終わっていた『西遊妖猿伝』「諸星大二郎版・西遊記」―は,潮出版社『コミックトム』(現『コミックトム プラス』)に舞台を移して連載再開。加筆されているとはいえ,双葉社版をトレースしていた1〜9巻,つまり「第1部 大唐編」が終結,いよいよ「第2部 河西回廊編」のスタートです。
 いやぁ,待ち遠しかったです。いまだ完結していないとはいえ,おそらくこの作者の代表作のひとつになることは,ほぼ間違いない作品だけに,もう期待値120%です(笑)。
 で,新展開の10巻が出たのが1999年5月,うきゃうきゃと喜んでいたら,翌6月には11巻,そして7月には12巻と,なんともすさまじいペースで出版されてしまい,感想文を書く暇がありません^^;; そこで,各巻の初出データを見たら,なんと1992年から1994年にかけての掲載文を収録しているとのこと。つまりコミック化されていない原稿はたっぷりあるわけです。これなら,月1ペースの刊行もうなづけます。

 さて「河西回廊編」,最初のエピソードは「人参果編」であります。頼み事をされ,奇妙な道観五荘観を訪れた玄奘三蔵。そこに住む道士与世同君は,幼児を地中に埋め,霊芝中の霊芝“人参果”をつくろうとする邪術を用いていた! さらに通臂公が,その人参果を盗んだことから,悟空と与世同君は対立関係に・・・といったストーリィ展開です。
 今回の敵役・与世同君,どうやらいままで出てきた悟空のお相手はちょっとタイプが違うようです。まずなにより顔がいい(笑)。これまでの「悪役」というと,「暴力系」であれ,「策士系」であれ,いかにも「わたしは悪役でございます」といった感じの顔つきだったのですが,この道士,どちらかというと「英雄顔」とでも申しましょうか,それなりにまっとうな修行を積んだ人物のようです。「人参果」という,なんともグロテスクなものを作るにも,まぁ,彼なりに訳があるわけです。ですから,最後も,どこかもの悲しいエンディングを迎えます。

 続いては「白骨夫人編」であります。玄奘と悟空が一夜を借りた町外れの一軒家。そこに住む夫婦と娘はなにやら曰くありげ。じつはその夫婦,故城に潜む“白骨夫人”のために旅人を獲物として差し出す役目を持っており・・・というエピソードです。この白骨夫人,おどろおどろしいモンスタなのですが,どうもいまいち力がありません(笑)。むしろ新たに出てきた女盗賊“羅刹女”の方が,はるかに力を持っていて,化け物じみています(笑)。やはり死者は生者に勝てないものなのでしょう。この羅刹女,人を殺すのが三度の飯より好き,といったあぶないキャラクタでありまして,玄奘を狙う紅孩児が彼女に合流しましたので,悟空との激突は必至であります。はてさてその結末は如何? といったところで次巻です。

 ところで,この物語は,こういった単発のエピソードに加え,「大唐編」以来の常連さんも絡んできて,ストーリィを進めていきます。片や,玄奘を守るために旅する恵岸行者(顔が稗田礼二郎に似てます(笑)),片や玄奘と悟空を執拗に狙い続ける紅孩児,「斉天大聖」としての悟空の行く末を見守る通臂公,なにがなにやらよくわからないうちに玄奘に付き従う生臭坊主猪悟能(八戒),悟空を殺すことに暗い情熱を燃やす黄袍などなど・・・。これら多彩で,一癖も二癖もあるキャラクタ群が,玄奘と悟空という「磁場」の周囲に引きつけられながら陰に陽に絡み合う様も,この作品の魅力のひとつでしょう。
 個人的には,熾烈なバトル・シーンも好きですが(この3巻での見どころは,やはり悟空と与世同君との腕力vs妖術の戦いでありましょう),この作者独特のテンポとリズムが笑える,八戒が絡んでくるギャグ・シーンも捨てがたい味わいがあります。

99/08/07

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