中山昌亮『不安の種』1・2巻 秋田書店 2004年

 ニュータイプ実話怪談集『新耳袋』のホラー業界(というのがあるのかどうか知りませんが)に与えたインパクトというのは,かなり大きなものがあったのではないかと思います。ひとつには「都市伝説もの」が数多く出版されたことでしょうし,もうひとつは「結末のない不安・居心地の悪さ」を売りにするようなショート・ホラーの復権ではないかと思います(あえて「復権」と書いたのは,このスタイルの淵源が岡本綺堂までさかのぼれると考えているからです)。
 しかしあらゆるブームにおいてそうであるように,このふたつのジャンルにおいても「粗製濫造」は避けられません。同工異曲の「都市伝説」を集めた本や,「尻切れトンボ」と五十歩百歩のショート・ホラーが多産されてしまうのは,致し方ないのかもしれません。
 それは,いまや巨大ジャンルとなったホラーコミック界においても同様です。『新耳袋』ないしは「それ系」のエピソードを元にしたマンガ作品が数多く出されていますが,それがどれだけマンガとして成功しているかというと,正直,首を捻らざるをえません。その理由のひとつとして,作画者の画力・タッチのミス・マッチがあげられるのではないでしょうか。
 「実話怪談もの」に新人を多く登用するのは,いわば「慣例」になっているところがあり,新人作家側としては,有効なメジャー・デビューの場であることはわかりますが,やはりホラーには,どうしても馴染まない画風というのがありますし,怪談に必要な「間の取り方」(マンガの場合はロングとアップの使い分けやコマ割りなど)が未熟なものも少なくありません。それが全体的なレベルを落としてしまっていることは否めないのではないでしょうか。

 さてここまでつらつらと書いてきたのは,この作品が,そんな有象無象ある「結末のない不安・居心地の悪さ」を持ち味としたショート・ホラーの中で,成功している部類に入っていると思うからです。作者は,わたしの好きな『オフィス北極星』の作画者中山昌亮。帯には「俊英」となっていますが,『オフィス…』の連載開始からすでに10年以上が経つ,立派な「中堅」といったところでしょう。
 その成功の理由のひとつが,この作者の画風であり,画力でしょう。とくに「眼」の表現。『オフィス…』でも主人公ゴーの「眼」が強調されていましたが,本編,とくに第1巻において「眼」が効果的に用いられています。たとえば「#2 大きさが…」において,学校の廊下に浮かぶ巨大な女性の横側。その大きさも異様ですが,その視線が移動させることによって,それが意志あるものであることを巧みに表現しています。あるいはまた「#7 のぞき」。お風呂で髪を洗う女性が,ふと浴槽をみやると,顔の上半分が出ているというエピソード。その「眼」が,しっかりと自分に向けられていることを描くことで,不気味さを盛り上げています。同様に「#3 テンション」「#7 安買い」「#8 イモリさん」などでも,主人公を見つめる怪異の「眼」が,主人公を通じて,読者自身をも見つめている,という効果を生み出しています。首つり自殺した兄の部屋を片づけ,一休みした弟が,その亡兄を幻視する「♭10 宙」でも,足の裏の向こう側に見える亡兄の「眼」が,弟に強い恐怖を与えています。
 「目が合う」というのは,たとえ一瞬であっても,なんらかのコミュニケートしたことでもあり,人外・怪異とのコミュニケーションは,それ自体が「ぞくり」とする経験であることを,これらの「眼」の表現は意味しているのかもしれません。
 一方,コミュニケーションとしての「目が合う」を逆手にとって,哀しくも恐ろしいエピソードに仕立てているのが,「♭14 目撃」でしょう。偶然,デジカメで撮影した交通事故シーンに写っていたのは,そのカメラを見て微笑む少女。しかしその直後,彼女は車にはねられます。一瞬,カメラレンズを通じて生まれたコミュニケーションが,無惨に断ち切られる場面を,カメラは記録しているわけです。同時に,カメラの「視線」を感じて路上で立ち止まったことが,彼女の死を招いたのであるとすれば,「眼」は,偶然とはいえ,ひとりの少女を「殺した」ことにもなるのでしょう。
 それ以外の「眼」のおもしろい使い方として,「#16 視」があります。笑顔を浮かべるポスターの少年少女が,一瞬見せる「邪視」。実害はせいぜい歩行者が転ぶ程度のようですが,「眼」の持つ異能を表した作品と言えましょう。

 以上,「眼」「視線」を中心に感想文を書いてきましたが,本編には,そのほかにも魅力的な作品がたくさんあります。「ああ…間違えた」などとほざく,まぬけな死神(?)を描いた「#14 訪問II」とか,正体不明の化け物のために,友人の部屋に入れない男が,呆然とした表情で「ごめん。戻るの…ムリ」と呟く「#13 フタ」といった,そこはかとないユーモアを漂わせるものもあります。また「♭8 同意」「♭9 風話」「♭19 ヒマつぶし」などでは,都市の奥底に潜む不気味な「悪意」や「狂気」を描き出す一方,「♯24 メッセージ」では,一見狂気に見える行動に,妹を思いやるせつない兄の気持ちを上手に浮かび上がらせています。

 いずれのテイストにしろ,ホラー・ファンでありながらも,粗製濫造のホラーコミックに辟易とされている方でも,楽しめる作品ではないかと思います。

04/09/05

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