朝 礼 訓 辞
平成25年8月5日
スーパーで焼酎を万引きした罪で裁判にかけられた60才代の一人の男性が、弁護士に付き添われ、鹿児島地方裁判所の被告席にいました。 「寂しくてやりました」と白髪頭の男性は背中を丸めて小さな声で答えました。 鹿児島の一番南の端になる島の中学校を卒業してすぐ大阪や兵庫で溶接工としてまじめに働いていましたが、30代のころ、現場で転落し、左足を痛めます。この怪我が悪化して、58才で仕事を辞め、島に戻ってきました。 結婚もしていない、家族もいないと弁護士には言っていましたが、実は親子ほど年の離れた兄さんがいることが分かりました。 この男性の全収入である月に8万5千円の生活保護費は全て兄さんが管理していたのです。男性に現金が手渡されることはほとんどなく、兄は昼と夜の食事として、1日2つの弁当を現物支給していました。 朝になると、兄の家に弁当二つを取りに行くのが日課でした。 帰り道、海の見える公園で一つ目の弁当を食べます。一人で公園にいるのは寂しい。 ある日、男の心に寒風が吹き込みます。急に酒が飲みたくなり、近くのスーパーへ直行、黒糖焼酎を懐に入れました。 その後、前後10回くらいの万引の罪で裁判所に呼ばれたのでしたが、裁判の日、島から兄がやってきました。 出廷した理由を聞かれ、「弟を連れて帰ろうと思ったから」と答えました。 弁当しか渡さない理由は、「すぐにお金を使ってしまう。タバコと酒、散髪代は時々やっていた」とぶっきらぼうな受け答えが、法廷に響き渡りました。 裁判官が「お兄さんは、夜、誰とご飯を食べるのですか」との尋問に、兄はきょとんとして「嫁」と短く答えました。 「弟さんと一緒に3人で食べることはできないですか。弟さんは寂しいと酒を飲みたくなるみたいですから」と裁判官が提案しました。 「お兄さんに何か言うことはないですか」と裁判官が促すと、「お気遣いありがとうございます」と、兄に向かって深々と頭を下げました。 判決は保護観察付き執行猶予でした。男はその日のうちに、2泊3日の船で島に帰りました。 この世の中には、いろんな人がいて、いろんな境遇の中で生活しています。 不幸の中に、歯を食いしばりながら生きている人、病気を早く治して、早くまじめに働きたいと願う人があります。そんな人々の手助けに少しでも役立つ人間でありたいと、私はいつも願っています。 8月に入っても雨が降らず、大変な気候ですが、皆さん体に気を付けて今月も頑張りましょう。 ※25.7.24 南日本新聞「人間スクランブル鹿児島法廷傍聴記」より |
医療法人純青会 せいざん病院 理事長 田上 容正 |