朝 礼 訓 辞
平成24年2月1日
静岡県に住んで居られる73才になるごく普通の人だと思いますが、伊藤静男さんという方が17才になられた夏のこと、微熱と寝汗が止まらず、ゲッソリ痩せてきましたので、お母さんが、近くの評判の高い病院に連れて行ってくれました。 終戦直後のことですが、その病院には珍しくレントゲンがあり、胸部撮影をしてくれました。結果は4~5日かかったそうです。今は4~5分で電子カルテに画像が出ます。 病名は肺浸潤でした。今はもうこの病名は使われませんが、初期の肺結核です。 「栄養をつけて規則正しい生活を」と先生は言われましたが、栄養になるものなど何もありませんでした。唐芋の茎や葉っぱを食べていた時代です。お母さんは鯉の魚を何処からか仕入れて、その生血を飲ませたり、まむしの焼酎漬けまで作ってくれました。 ある日、先生がレントゲンを見ながら、「肺門部の肺浸潤の他に、右の上肺野に針が刺さっているが何か覚えがあるかい」と聞きました。「覚えがありません」と答えると「明日はお母さんを連れてきなさい。」ということです。 翌日、お母さんと一緒に病院に着くと、約5㎝の真っ白い針の影があり、先端が上を向いて、小さな穴まで見えます。 「お母さん、息子さんは覚えがないと言っていますが、心当たりはありませんか?」、かわいい我が子になんで針なんてと涙声でお母さんは訴えました。 「これはあくまでも憶測だがね」と先生は、次のようなストーリーを組み立てました。 小春日和。お母さんは縁側で布団の繕いをしている。傍らで、まだ赤ちゃんだった静男くんが這ったり、転がったりしている。お母さんがうっかり落とした針が突き刺さったとき、きっと泣き叫んだでしょうが、誰も気づきませんでした。お母さんも納得がいかないまま、17年が過ぎてしまったという訳です。 肺結核は、いつしかよくなりました。 針は胸に突き刺さったまま、社会人になり、年1回の健診でもいつも針を指摘されますが、痛くも痒くもないので、そのままです。30才、40才、50才になっても針はいっこうに変わることなく胸の中に収まっています。 70才になった時、痔の疾患でCTを撮り、MRIの検査に移ろうとした時、伊藤さんは、胸の中に針があるので、MRIは撮れませんと断られたそうですが、それもどうと言うこともなく、73才になるまで元気に暮らしておられるそうです。 わたしが、皆さんに言いたいのは「指先に刺さった棘は取れるが、心に刺さった棘は取れない」というこうとです。 人の心を傷つけるような言葉、人の尊厳を踏みにじるような言葉を決して言わないということです。 種子島の言葉でいうなら「よろくっそう」を言わないということです。 いよいよ寒さが厳しくなます。しかし春ももう近くでそおっと待っています。 今月も元気を出して頑張りましょう。よろしくお願いします。 医療法人純青会 せいざん病院 理事長 田上 容正 引用:「奇妙におかしい話」阿刀田高 著 |