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斉彬が造らせた集成館(工場群の総称)は、 薩英戦争でほとんどが焼失してしまいました。 その中で一つだけ残っているものがあります。 それが反射炉です。 といっても、 本体は焼けてしまったのですが、 見上げるほどの大きさの土台の石組みが残っているのです。 数年前、島津興業ではこの場所の発掘調査を依頼し、 その結果、ここにはかなりしっかりした造りの 反射炉が あったことがわかりました。 文献などから推測すれば、 レンガを積んだ煙突だけで20メートルもの高さになるのだそうです。 20メートルというと7,8階建てのビルと同じくらいの高さになります。 昔は背の高い建物などたくさんはありませんでしたので、 当時の人たちはこの反射炉を見てどう思ったのでしょうか。 反射炉とは、大砲の砲身の部分を造る施設です。 原料を直接燃やすのではなく、耐火煉瓦に反射させた熱でとかし、 とかした原料を型に流し込むというものです。 燃料を燃やした熱を直接当てると、不純物がまざって鉄がもろくなってしまうことがあるため、 このような方法がとられました。 今年は集成館事業が始まってから150年目になります。 150年前に鹿児島では何がおこっていたのか?
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