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現在では、鹿児島の代表的な工芸品として有名な 薩摩切子も、 集成館事業の一つとして始まりました。 最初は、強い酸に絶える強度なガラスを造ることから始まったのですが、 島津斉彬は 将来の貿易品の候補として 美しい工芸品を誕生させたとされています。 集成館で造られた薩摩切子は、百数十点しか残っておらず、 現在は、尚古集成館や東京のサントリー美術館などに保存されています。 尚古集成館にある薩摩切子の中で、一番多いのは 紅色の薩摩切子
だから、紅色が一番簡単に造れたのだろうと 思うかもしれませんが、 それは反対です。 銅を使って発色させる紅色は、 薬品の調合や温度の調節が少しでも狂うときれいな色が出ないため、 当時からとても難しく、 何百回も失敗を繰り返していました。 それだけに、紅ガラスが完成した時は、斉彬もとても喜び、 できたばかりの紅ガラスを他の大名に贈り、 「薩摩の紅ガラス」 と珍しがられたとされています。 今年は集成館事業が始まってから150年目になります。 150年前に鹿児島では何がおこっていたのか?
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