![]()
|
||||||||
|
島津家の中でも名君といわれた島津斉彬(しまづなりあきら)は、 1851年、43歳にして薩摩藩主となりました。 そして、この年、長い時間をかけてあたためていたプロジェクトをスタートさせました。 それが集成館事業です。 当時、わが国では、開国をせまる外国船の対応に苦慮していました。 世界では中国がイギリスの植民地になる というアヘン戦争が起こり 斉彬をはじめとする一部の大名たちは、この事件に注目していました。 斉彬は 薩摩のこと、日本のこと、そして世界のことを考え わが国も一丸となって「強く豊かな」国を造り外国に負けない軍事力をつけよう と 考えました。 また将来外国と貿易をしていくためにと、貿易品の開発も始めました。 磯には工場群が造られ 「集成館」 と名づけられました。 集成館事業とは この集成館を中心に行われた事業ですが 外国の文献を参考にしながら多くの人材を使い、斉彬が亡くなるまで わずか7年半の間に びっくりするほどいろいろな事業が行われたのです。 今年は、集成館事業が始まってから150年目になります。 150年前に鹿児島では何がおこっていたのか?
|| 薩摩切子 || 大砲づくり || top || |
||||||||