井上雅彦監修『幽霊船 異形コレクションXVIII』光文社文庫 2001年

 「地獄を見て,笑っていられる心を無垢と呼ぶのです」(本書「海聲」より)

 異形コレクションの第18集。計23編を収録。気に入った作品についてコメントします。

小沢章友「沈鐘」
 1000年前に沈んだ船の幽霊が出るというノルウェーで彼は…
 ホラーとしての「仕掛け」はオーソドクスなものですが,登場する双子の姉妹の世俗的な「いかがわしさ」に隠されて,ラストで効果的に用いられています。ただ前半の主人公の設定と描写がややくどいの難(「勝木優香」なんて固有名,不要でしょう)。
高瀬美恵「右大臣の船」
 暗殺された将軍・実朝の幽霊が,夜な夜な出るという噂が…
 「幽霊船」というモチーフ(ないしは「語」)を,巧みに換骨奪胎し,まったくテイストの異なる幻想譚へと仕立ててあげています。作者の,薄幸の鎌倉将軍源実朝に対する想いの反映なのでしょうね。
石神茉莉「海聲」
 イタリアの小さな店で見つけた人魚の置物…それをきっかけとして…
 「人魚」と「幽霊船」との奇妙なコラボレーション。しかしそれが,じつに幻想的なイメージを浮かび上がらせています。
井上雅彦「極光(オーロラ)」
 極地の調査捕鯨船上で“私”が見たものとは…
 「現在」と「過去」とが重なり合い,「現実」と「幻想」とが交錯しあった末に,思わぬツイストで読者の足元を掬い,さらにもうひとひねり。奇抜な「幽霊船」の設定と,絶妙なストーリィ・テリングが楽しめる作品です。
速瀬れい「三等の幽霊」
 病院船で帰国する途中,兵士は甲板で不思議な光景を目撃する…
 これまた,ホラーとしては「定番」とも言える「仕掛け」ですが,巧みなミス・リーディングのため,驚かされます。その結果,ダブル・ミーニングのタイトルも活きていますね。ただ別テーマのアンソロジィに用意された作品では?と邪推もしちゃいましたが(笑)
北原尚彦「遺棄船」
 私だけが残った…この無人船となったマリー・セレスト号に…
 このテーマのアンソロジィであれば,どうしてもこの素材は取り上げられるでしょう。しかし有名なだけに,さまざまな「解釈」がなされているため,独自性を出すのはなかなか難しいかもしれません。そう言った意味で,本編は,非常にユニークな着想に基づいている作品として評価できましょう。
朝松健「舟自帰(ふねおのずからかえる)」
 この作者の短編集『一休闇物語』所収(といっても,こちらが初出ですが)。感想文はそちらに。
石田一「死の箱舟」
 突如,東京の上空に現れた巨大飛行船には,ナチスのマークが描かれており…
 けれん味たっぷりのオープニング(暗黒の中で光る稲妻なんてところが,とくに…),飛行船というレトロなアイテム,オカルティズムによって蘇ったナチス,軽めのノリの主役コンビと,まさにB級ホラーアクション映画と言った感じが楽しめる作品です。
草上仁「パンとワイン」
 発見された宇宙船には,人の気配がまったくなく…
 キリスト教における「パンとワイン」は「カニバリズム」のメタファとしてもとらえられますが,その意味での「パンとワイン」を燃料とする宇宙船とは,宇宙には(キリスト教的意味での)「神」がいないこと示しているのかもしれません。そしてラストに明かされる「真相」もまた,「神なき宇宙」(言い換えれば「人間のいない宇宙」)を意味しているのではないでしょうか。
菊地秀行「渡し船」
 その国境の河には,死んだ子どもたちを乗せた幽霊船が出るという…
 此岸と彼岸との境界としての「河」,人為の産物としての国境の「河」…両者が重なり合った場所に起こった悲劇…それは「自然」を「人為」が踏みつぶす行為なのかもしれません。子どもたちの笑顔は,そんな人の思い上がりを,告発しているとも言えましょう。
田中文雄「シーホークの残照(または「猫船」)
 締切の迫った作家は,いつものように山田さんの「熱田城」へおもむき…
 こういった「テーマ・アンソロジィ」に掲載するのは,ちょっと反則かとも思いますが,それに目をつぶれば,けっこう好みのテイストです。

05/09/11読了

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