朝松健『一休闇物語』光文社文庫 2002年

 「この世で,自分がいずこに居るか知ってる者など一人もおらぬでしょう」(本書「泥中蓮」より)

 風のごとく漂い,狂せるごとく言い放つ者…みずからを“風狂”と呼ぶ一休宗純。血臭の絶えることのない乱世を漂い歩く彼が,各地で遭遇するのは,この世ならぬ怪異の数々…それは世の乱れに呼応した人心に忍び込む「魔」のなせる技なのか…

 一休宗純を主人公とした連作短編集です。7編を収録しています。以前,掲示板でもご紹介いただきましたが,先行する作品として『一休暗夜行』がありますが,そちらは未読です。

「紅紫の契」
 まくずが原の庵に住む男の元に夜な夜な訪れる女の正体は…
 日本版インキュバスのお話です。たとえ身は俗世間から離れても,心も同じように離れることができるかどうかは,また別問題なのでしょう。いや,身が離れているがゆえに,心はより執着の度を強めることさえもあるのかもしれません。それこそが「魔」のもっとも好む「馳走」となるのでしょう。
「泥中蓮」
 “ゴモク館”と呼ばれる屋敷に招かれた一休を待っていたものは…
 15世紀という時代はまた,中国との私貿易が発達し,中国や南海の物産が数多く日本へと運ばれた時代でもあります。そんな時代背景を巧みに取り込み,九州の地に“南海綺譚”を生み出させたところは,この作者の着眼点の秀逸さによるものでしょう。でも,本編の初出誌「異形コレクション」『トロピカル』の感想文では本編に触れていませんね(^^ゞ
「うたかたに還る」
 侍として出世した男が帰郷する途中,不可思議な僧侶に出会う…
 物語の着地点は,ある程度想像がつきますが,“故郷”で男が感じる疑問,不安,そして恐怖が,あるいはまた一休の背負われながら見る“故郷”のせつなさと哀しみが,胸に迫ります。
「けふ鳥」
 山中,奇怪な鳥を目撃した一休は,南朝残党に捕らえられ…
 室町時代とは南北朝時代でもあります。そしてそれは天皇が武力でもって天下の覇権を狙った最後の時代でもあります。そんな最後の「残光」を,奇怪な「けふ鳥」に託して描き出しているのが本編です。一休と「けふ鳥」とのバトルはスピード感があってよいですね。また「けふ鳥」の正体は,どこか歴史の皮肉を現しているようにも思えます。
「舟自帰(ふねおのずからかえる)」
 漂う一艘の舟には,彼らとともに“黒入道”が乗っていた…
 この作品もオチは予想がつくのですが,死を目前にした男の底知れぬ孤独を,幻想味たっぷりの展開の末に,ラストの一語でもって描き出しているところがいいですね。
「画霊」
 美人絵から飛び出した“虎”は,ひとりの男を食い殺した…
 「虎」と一休とくれば,有名な「一休とんち話」ですが,おそらくそれを念頭に置きながらの怪異譚なのでしょう(あるいは「とんち話」の元ネタになったエピソードがあるのかもしれません。あったらご教示を)。冒頭に「事件現場」をポンと出し,それから事件の経緯を説明する展開や,最後に関係者を集めて謎解きをするところは,ミステリ的趣向が強く,ここでは一休は「名探偵」の役回りを当てられています。その役回りは,「真実を求める禅僧」という基本設定と違和感なくマッチしており,またその頭の冴えは,巷間に伝わる「一休さん」像とも響き合うものがあるといえましょう。本集中,一番楽しめました。
「影わに」
 “影わに”に影を喰われた者は,二日以内に死ぬという…
 “影わに”という怪異は登場しますが,それはむしろ象徴的な意味合いが強いようです。むしろ一休と,彼の兄弟子養叟との確執,いや養叟の一休に対する嫉妬・疑心暗鬼がメインとなっています。さまざまな「負の感情」が“影わに”を呼び,その“影わに”が「負の感情」を増幅させる−そのサイクルは,けっして養叟だけのものではないのでしょう。一方,そんなふたりを「掌」の上に乗せる,ふたりの師匠華叟宗橘夫人のキャラは「ぞくり」とする凄みがありますね。

02/04/30読了

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