佐々木譲『夜にその名を呼べば』ハヤカワ文庫 1995年

 1986年10月,西ベルリンに駐在する神崎哲也は,上司の殺害容疑とスパイ容疑で追われることになる。それは,ココム違反を逃れるために,彼の勤める欧亜交易の親会社・横浜製作所が仕組んだ罠であった。彼は東ドイツへ脱出,姿を消す。5年後,統一ドイツから,事件の関係者に手紙が届く。神崎の母親,横浜製作所の元上司,殺害された神崎の上司・西田の娘。そして神崎を東側スパイと信じて疑わない公安刑事もまた,その手紙の存在を知る。1991年10月18日,嵐の小樽に招き寄せられた彼らを待ち受けていたものは・・・

 佐々木譲の名前は,本屋でもよく見かけますし,ときおりおもしろい小説を書くという記事や風聞も,目にしたり聞いたりしていました。ただ今まできっかけがなくて,読んだことがありませんでした。そこで今回,古本屋で見かけた本書を,読んでみることにしました。

 この物語は,途中5年間の歳月が流れていますが,神崎が突然の殺人容疑に逃亡し,東ドイツへ亡命するまでは一晩ですし,5年後,謎の手紙が届くシーンもせいぜい2・3日,そしてクライマックスの小樽でもまる1日と,描かれているのは,ほんの数日なんですよね。そのほんの数日に物語を凝縮することで,サスペンスが大きく盛り上がっています。「第一部」は,ちょっとうまく行き過ぎかな,もうひとひねりほしいな,というところもありますが,突然巻き込まれた殺人事件から,その背後に存在する罠を知るまでの過程は,スピーディに展開し,物語世界へ引き込まれます。また「第二部」,事件の関係者に謎の手紙が届くところで,「説明」に陥らず,無理なく事件の背後関係や日本での後日談を描き出していると思います。そして「第三部」,途中でうすうす真相の見当はつくものの,複数の視点を交互に,また短い章立てでシーンシーンを積み重ね,サスペンスフルに一気にクライマックスへと雪崩れ込みます。緊張感のあふれるストーリー展開で,おもしろい物語でした。いまさらながらでしょうが,佐々木譲の作品を読みたくなりました。やっぱり『エトロフ発緊急電』でしょうか?

97/04/06読了

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