鮎川哲也・芦辺拓編『妖異百物語 第一夜』出版芸術社 1997年

 国産怪奇小説のアンソロジィ・シリーズの第1集です。本書「第一夜」には14編を収録。編者の「序」によれば,「主として発表当時は噂にもならなかったのに,時間の経過と共に評価の高まった短編,無名に近いアマチュア作家であったがため,いままでどのアンソロジーからも無視されつづけてきた短編」が集められています。松本清張によってミステリが「お化け屋敷」から引っ張り出される前(『点と線』は昭和32年)の,昭和20〜30年代の作品が多いようです。

鷲尾三郎「魚臭」
 ある夜,五平太の妻は,魚になって戻ってきた…
 本格ミステリ作家という印象が強かったのですが,編者の解説によれば,かなり作風には幅があるようです。現実の中にたやすく怪異が滑り込んでくるところが,不思議な手触りとなっています。素材は昭和27年発表という時代を感じさせます。
川島郁夫「肌冷たき妻」
 15年前,雪山で姿を消した妻はまだ生きている…老人はそう言うが…
 雪の中で“冬眠”し,目覚めたときに男と交歓の限りを尽くすというイメージが,じつに淫靡です。厳寒の雪山に潜む「性と死」…もしかすると現代版の「雪女譚」と言えるかもしれません。
楠田匡介「硝子妻」
 ガラスの中に生物の形をそのまま留めるという技術を開発した技師・久生とは…
 奇怪な技術でもって,“美”や“愛”を封じ込めるという発想は,怪奇小説の中で綿々と受け継がれているのでしょう。そこに,ガラスを用いた本作品は,視覚的にインパクトがあるとともに,もうひとつのグロテスクな欲望を絡めることで,そのイメージをより鮮烈にしています。ところで,作中「昭和二十一年」とあるのは「十一年」の誤植じゃないかなぁ…
四季桂子「胎児」
 ぼく。胎児。四ヶ月。たった今,ママを殺してきた…
 胎児が母親に殺意を抱くという着眼がユニークですね。女性作家の手になるところも凄みを感じます。夢野久作『ドグラマグラ』の「巻頭歌」(「胎児よ,胎児よ,なぜ踊る…」)を思い出しました。
赤沼三郎「人面師梅朱芳」
 奥様,貴方のご主人は,私“人面師”が作った仮面をかぶった別人なのでございます…
 容易に信用できない,あまりに怪奇な内容の手紙…読んでいて江戸川乱歩「人間椅子」を連想しました。「同じような結末かな?」と思っていたところへ,思わぬツイストが楽しめました。やや巧く行きすぎるようなところもありますが…
夢座海二「変身」
 この脱獄囚の記事と,女々羅博士夫妻殺害の記事…ふたつは関係あるんですよ…
 怪談はしばしば一人称の「語り」が多く採用され,本集にもそういった作品が多いです。これは「語り」が「本当」なのか,語り手の「夢想」なのか,という未決定性が,怪談としての効果を盛り上げるからなのでしょう。本作品は,その「語り」の曖昧さ,不安定さを利用しつつ,語り手の底知れぬ狂気を浮かび上がらせています。
和田宜久「忘れるのが怖い」
 火災現場から発見されたメモ帳に記されていたのは…
 語る内容よりも,「語り」そのものが作品のテイストを決定づけているという点では,この作品も「メモ」という形で記された「語り」を,効果的に用いています。またメモを記述者と,それを読む人との関係をラストで明かすことで,すっきりとした幕引きにしています。
渡辺啓介「金魚」
 人のいない料亭“石榴亭”で寝泊まりする作家に話しかけてきたのは…
 幻想的な幽霊譚から,グロテスクながら現実的な犯罪話へ,そしてふたたび幻想的なエンディングへと,「現実」と「幻想」とが,相互に浸潤しあい,一種独特の雰囲気を醸し出しています。男は,もしかすると,知らず知らずのうちに「石榴亭」いう「幻想の檻」に閉じこめられているのかもしれません。また作中に出てくる,とある料理は,いかにもゲテモノ中華料理といった感じで,いいですね。
辰巳隆司「人喰い蝦蟇」
 食用蛙の研究に打ち込む研究者には,隠された目的が…
 「巨大蛙」という,生理的嫌悪感を誘う素材と,一種マッド・サイエンティストを彷彿させるキャラ造形,その人物の心の奥底に秘められた陰湿な欲望と,B級ホラー映画を思わせる作品です。作品から,臭わないはずの臭いが漂ってきそうな感じです。ちょっと苦手^^;;
鮎川哲也「怪虫」
 奥多摩の村で発生した惨殺事件。それは恐るべき怪虫の仕業だった…
 これまた作者のイメージと,作品の内容のギャップに驚く作品。作中で『ゴジラ』への言及がありますが,まさにそういった「ノリ」です。日本政府が,こういった危機的状況におそまつな対応しかとれないという不信感は,今も昔も変わらないようです^^;;
土岐到「奇術師」
 引退興行で,目を見張る奇術を披露した老奇術師を探しだした“私”は…
 無理のないオープニング,関西へ向かう車中での主人公の回想,引退興行での息詰まる緊迫感,伏線の効いた真相の解明と皮肉な結末,と,これ以上,長くも短くもできないと感じさせるストーリィ・テリングの巧みさは,まったく情報のない無名作家とはとても思えません。本アンソロジィで一番楽しめました。
光波耀子「黄金珊瑚」
 人間の精神をコントロールする恐ろしい“黄金珊瑚”を探るべく,街に潜入した“私”たちは…
 オーソドクスな素材を扱いながらも,オープニング・シーンと,ラスト・シーンを上手にリンクさせることで,すっきりとしたSFホラーに仕上げています。
左右田謙「人蛾物語」
 行方不明だった弟が帰ってきた。彼の奇怪な体験とは…
 身体が巨大な蛾で,頭部だけが女という,なんともおぞましいフォルム。その“女”をめぐって,人里離れた山中の洋館で繰り広げられる異形の愛憎劇。明かりに引き寄せられるのは,もっぱら蛾の方ですが,逆に人間が誘われているところが,倒錯していておもしろいですね。
村上信彦「永遠の植物」
 雌阿寒岳の原生林で,一組の男女が見たものとは…
 動物がほとんど姿を現しておらず,音のない不気味な静けさに満ちた石炭紀の密林へのタイムスリップという発想が,ユニークですね。その中に迷い込んだ女の“変身”も衝撃的です。その鮮烈なSF的幻想を覆すようなラストの処理も,巧いですね。

02/09/12読了

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