鯨統一郎『邪馬台国はどこですか?』創元推理文庫 1998年

 カウンタだけの小さなバー。そこに集まる3人の常連客。某私立大学教授の三谷敦彦,専門は日本古代史。その助手の早乙女静香。そして謎の男・宮田六郎。宮田のぽつりとつぶやく一言が,3人の歴史談義へと発展する。邪馬台国はどこにあったのか? 明智光秀はなぜ織田信長を裏切ったのか? そしてイエス・キリストの復活の真相は?

 歴史上のさまざまな謎をめぐって,奇想天外な推理を展開させる「歴史ミステリ」です。
 この手の「歴史ミステリ」は,一見,通常のミステリと同じような体裁をとりながらも,じつはまったく異なるものではないかと思っています。通常のミステリにおいて,作中人物,とくに探偵役は,さまざまなデータから真相(結論)を導き出します。しかし,作者の側に立つとき,この「データ→結論」という流れは,常に存在するものではありません。むしろ,最初に「結論(たとえばトリックや真犯人)」があり,そのトリックを成り立たせるために,あるいはその犯人が犯行可能なように,先行してさまざまなデータが描かれます(それは一般に「伏線」と呼ばれています)。ですから,作品は「データ→結論」であっても,作者の側では「結論→データ」という流れで,作品が描かれていくのではないかと思います(もちろん,それがすべてではないでしょうが・・・)。
 しかし,この作品のように,歴史上の謎解きをしようとするミステリは,作中人物も,作者もともに「データ→結論」という流れに身を置かねばなりません。ですから,推理の起点となる「データ」は,通常のミステリと歴史ミステリでは,その性格がまったく異なります。通常のミステリでの「データ」はいわば「道標」であって,「結論」に行き着くためにのみ存在し(あるいは読者をミスリーディングさせるデータもありますが,それも「結論」と負の関係を持っている以上,「結論」のために存在する,と言えます),「データ」も「結論」も,すべて作者の「手の内」にあります。ミステリを読む楽しみというのは,そんな作者の「手の内」にある「データ」と「結論」の結びつき方,行き着き方(あるいは迷い方)を楽しむことにあるのだと思います。
 しかし,歴史ミステリで提示される「データ」は,作者の「手の内」にあるものではありません。歴史の流れの中で,ときには偶然に,ときには思わぬ理由により,残された断片です。それゆえ,通常のミステリのデータのように,あるひとつの結論へと導くとは限りません。また,通常のミステリの場合,もし書かれていないデータ(伏線)によって,探偵が結論に達したとしたら,それは「アンフェア」の誹りは免れないでしょう。しかしこのような歴史ミステリでは,ある謎をめぐって,すべてのデータが提示されている保証はどこにありません。ですから,探偵役が示したある結論(「邪馬台国の所在地は××だ」)の妥当性に対する反論が,基本的に封じられている,ということになります(読者は歴史学者とは限りませんからね。むしろその方が少ないでしょう)。
 つまり「作者の手の内で遊ぶ」あるいは「手の内を楽しむ」ものとしての通常のミステリと,この手の歴史ミステリとは,似て非なるもののように思えてならないのです。そのため,歴史ミステリに対しては,(前にも少し書きましたが)現実の事件に対していろいろコメントするミステリ作家に感じるのと同じような違和感を感じてしまうのです。

 まぁ,これはあくまで個人的な勝手な思い入れによるものですので,通常のミステリと同様,歴史的なデータを前提として,それからどういう風に推理していくかを楽しむこともできます。またこの作品の場合,「歴史ミステリ」とはいえ,どちらかというと『トンデモ本の世界』に通じるようなところがあって,そっち方面として楽しむことができるように思います。
 ただ個人的には,ふたつの点で馴染めないところがありました。ひとつは,早乙女静香のキャラクタ設定。たしかに宮田の推理を展開させるための「狂言回し」的なところがあるのでしょうが,ちょっとデフォルメがきつすぎて,無惨というか,読んでいてい白けるところがあります。それとセリフの発言者がわかりにくいというところもありますね。
 それからもうひとつは,宮田の推理に「陰謀説」が多用されているところ。「陰謀説」というのは,その陰謀を画した黒幕の意外性はあっても,「謎=陰謀」というパターンは,あまりに陳腐な感じがします(まぁ,そこは「トンデモ」の「トンデモ」たる特徴ではあるんですが・・・)。そこらへんがいまひとつでした。

 きっとこういった感想は,ミステリに対する感想としては,おそらく的外れなものなのでしょうが,前々から感じていた「歴史ミステリ」に対する個人的な違和感について,この作品をダシにして(<失礼!),書かせてもらいました。

 ところで,この作品にはもうひとつ大きな謎が存在します。つまり,
「鯨統一郎は誰ですか?」
という謎です(笑)。

98/05/30読了

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