黒川博行『疫病神』新潮文庫 2000年

 建設コンサルタントの二宮は,産廃業者から,地権者の同意書を取るよう依頼されるが,産廃場をめぐる暴力団がらみのトラブルに巻き込まれる。おまけに,なりゆきからコンビを組むことになった桑原は,煮ても焼いても食えない現役ヤクザ。利権に群がる暴力団や土建屋,ゼネコン相手に,ふたりは大阪の夜を疾駆する・・・

 「関西系ピカレスク・ロマン」です。いやぁ,おもしろかったです。じつをいうと,この作者が繰り出す関西弁を多用した会話は,どこか馴染めないところであって,『大博打』などもトータルとしては楽しめたのですが,「なんで,こんなやくたいものない会話が必要なの?」という感じのところがしばしば見受けられ,どうしても読みながらひっかかってしまいました。しかし本作品の場合,スピーディなストーリィ展開の合間合間に,二宮桑原との,テンポのよい毒づきあいが挿入され,独特のリズム感を生み出しています。読み始めたら,最後まで一気でした。

 さて物語はというと,建築現場の「サバキ」の仲介をおもな仕事とする“建設コンサルタント”の二宮が,産業廃棄物処理施設建設をめぐるトラブルに巻き込まれます(「サバキ」というのは,要するに建築業界の暴力団対策のことですが,そういった“ダークサイド”の生態をふんだんに盛り込んでいるところは,勉強になりました(笑))。依頼人の産廃業者に対する嫌がらせが続発し,その依頼人も失踪,二宮の回りには暴力団がうろつきはじめます。いったいどういう類の輩が,どういった目的で,産廃施設建設に群がるのか? そんな謎を秘めながら,物語はアップ・テンポに展開していきます。とくに桑原が加わってからは,彼の破壊力あるパワーで,彼らのいくところトラブルの連続です。もちろん隣にいたら,なんともたまらない性格の桑原ですが,こういったフィクションの中にいてくれる限りは,その開き直ったような「ヤクザ根性」に,なぜかすがすがしささえ感じてしまうから不思議です。よくも悪くも「ハードボイルド」的性格の主人公だけでは,こうはいかなかったでしょう。
 さらにいいところは,これだけむき出しのギラギラとした欲望が渦巻き,暴力シーンも山ほど出てくるシチュエーションながら,「人がひとりも死なない」ことです(「殺すぞ」なんてセリフも,まるで日常会話のごとく(笑)ポンポン飛び交うのですが)。ですから,出てくるキャラクタは悪党ばっかりのピカレスクであり,またハードボイルド風味も織り交ぜながら,全体としてはコン・ゲームを彷彿させるような軽快感,爽快感をもあわせもっているという,じつに「ぜいたく」なエンタテインメント作品に仕上がっています。
 この作品,映画化したら,けっこういい線いくんじゃないでしょうか?

 ところで,新潮文庫の帯に書かれた「『疫病神』語講座」は笑えますね。

00/02/13読了

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