黒川博行『大博打』新潮文庫 1998年

 ディスカウントチケットショップ会社の会長・倉石泰三が誘拐された。犯人から要求された身代金は,なんと金塊2トン,32億円分! 犯人に指示にしたがい,大阪湾に係留された漁船に乗せられた金塊は,オートジャイロで夜の闇の中に消える・・・,が,漁船はタンカーに衝突炎上してしまった! 

 この作者お得意の“関西弁ミステリ”(笑)です。こういうのって,関西に暮らした経験のないわたしが読んだときの印象と,関西ネイティブの方が読まれたときの印象って,やっぱりずいぶん違うんでしょうね。

 物語は,“私”を視点とした大阪府警の動きと,誘拐犯“おれ”の行動が交互に描かれつつ,進行していきます。前半は,正直,ちょっと退屈です。「そこが魅力」という方もおられるかもしれませんが,刑事同士のやくたいもない会話が多い感じで,個人的にはいまいちいただけません。展開もスロゥペースですね。
 ところが半ばあたりから,急速におもしろくなります。爆発炎上した漁船から“おれ”は,いかにして金塊を奪取できたのか,をはじめとして,さまざまな謎が浮上,ストーリィもアップテンポに展開していきます。そしてなによりいいのがエンディング,途中で「ありゃ? 陰惨になるかな?」と不安になるシーンもありますが,後味の良い終わり方がグッドですね。

 それと『大誘拐』でもそうでしたが,この手の誘拐ミステリでは,誘拐された人物のキャラクタが,物語全体の雰囲気を大きく左右するところがあるのかもしれません。現実の誘拐事件でも,長期間に渡る監禁の過程で,被害者と誘拐犯との間で,立場を超えた心理的な結びつきができるという話を聞いたことがあります。この作品でも,泰三と“おれ”とのとぼけた会話,狸と狐の化かし合いのような会話が楽しいです。しかし,海千山千の泰三の方が一枚上手のようで,誘拐犯の“おれ”を,どこか手玉に取っているようなところがあります。監禁された様子や,“おれ”の言動から,泰三が自分の置かれた状況を推理していくところも,小気味よいですね。

98/05/05読了

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