ミステリー文学資料館編『「X」傑作選 甦る推理雑誌3』光文社文庫 2002年

 昭和20年代に刊行された推理雑誌からのアンソロジィの第3集です。表題となっている『X』と,その前身である『Gメン』,および『新探偵小説』『真珠』『フーダニット』などからも集められています。
 気に入った作品についてコメントします。

渡辺啓助「湖のニンフ」
 宿屋で偶然知り合った男女は,湖へとボートを漕ぎ出すが…
 男の「語り」は,やや胡散臭いところがあり,なにかしら「裏」があることは想像できるのですが,その「裏」の設定の楽しさ,およびそれから生じる二転三転のツイストの鮮やかさが光っている作品ですね。
倉光俊夫「吹雪の夜の終電車」
 猛吹雪の中,終電車に乗り込んだ男が見たものとは…
 ストーリィ的にはもうひとひねりほしいところではありますが,雪中を突き進む電車,怯える乗客,前の晩にあった謎の投身自殺など,折り重なるように描かれる不気味な雰囲気を楽しむ作品と言えましょう。
双葉十三郎「匂う密室」
 遺言状開封の前夜,弁護士が密室で殺害され,部屋にはガスが充満していた…
 なにゆえ犯人が「密室」にこだわったのか,いまひとつ理解できませんし,また真相の解明も古典的で目新しさはないのですが,ただ苦笑させられるラストの一文がいいですね。
大阪圭吉「幽霊妻」
 短編集『銀座幽霊』収録。感想文はこちら
杉山平一「赤いネクタイ」
 ホテル起きた殺人事件。しかも発見直後,死体が盗まれたという…
 密室状況での殺人,死体消失と,本格ミステリのアイテムがてんこ盛りの作品ですが,ほどよくまとまっており,すっきりとした好短編に仕上がっています。トリックもシンプルながら,作品のコンパクトさによくマッチしています。本集中,一番楽しめました。
天城一「奇跡の犯罪」
 密室で殺害された被害者は,死後,声を発したという…
 トリックそのものは,某密室の大家(<ばればれ^^;;)も用いている古典的なものですが,それと同様,その用い方がいいですね。エキセントリックな探偵役の言動をちりばめることで,その古典性を上手に覆い隠しています。
森下雨村「温故録」
秋野菊作(西田政治)「雑草花園」
 ともに小説ではなくエッセイです。「温故録」の方は,『新青年』創刊時,つまりは日本のミステリ草創期についての回顧録。当時,欧文を翻訳できるのはエリートに限られていたのでしょうが,大衆雑誌に大学教授などが深く関わっているあたり興味深いですね。それに対して「雑草花園」は,むしろ「同時代批評」といった感じのエッセイです。今からみればミステリ界の大御所−江戸川乱歩・横溝正史・大下宇陀児などなど−に対する,歯切れのいい評言は小気味よいですね。切れ味鋭いミステリ系サイトを見ているよう(笑)
女銭外二(橋本五郎)「朱楓林の没落」
 行きつけの飲食店が閉店。その主人の言によれば,理由は新しい店の卑怯なやり口にあるという…
 多少の誇張はあるにせよ,中華料理の食材の「多彩さ」は有名ですが,それを巧みに用いながら,グロテスクな展開の末に,苦笑を誘うラストへと導いていくところが楽しめますね。
香山滋「妖虫記」
 昆虫学者である“僕”が,蜘蛛を心底から嫌悪する理由は…
 個人的には,あまり得意でない「昆虫もの」ではありますが,有名なアメリカの都市伝説「メキシコからきたペット」との共通性が興味深かったです。都市伝説とフィクションというのは,いつの時代も輻輳するものなのでしょう。

03/01/16読了

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