五十嵐均『ヴィオロンのため息の〜高原のDデイ〜』角川文庫 1997年

 第二次世界大戦末期,連合国によるノルマンディ上陸作戦“Dデイ”の極秘情報をめぐって,軽井沢では,独ソ英米の諜報機関が暗躍していた。伏見敦子は,知らず知らずのうちに,その陰謀に巻き込まれていく・・・。

 ヨーロッパ戦線の帰趨を決定したノルマンディ上陸作戦をめぐるソ連の陰謀とドイツとの駆け引き,その過程で起こる殺人事件,そして50年の歳月を経て明かされる真相,などなど,ネタとしてはおもしろいと思います。ただ,なにかこう,いまいちもの足りない・・・・。
 まず第一に,ストーリーの展開が妙にあわただしく感じられるのです。好意的に見れば,ストーリーの要所要所をコンパクトにまとめ,テンポよく展開させているといえないことはないんですが,これだけの歴史的大事件をめぐる陰謀にしては,あまりにうまくいきすぎる,という印象が強いです。まぁ,このことは,同じ時代をあつかった重厚なサスペンス『ストックホルムの密使』を最近読んだことに影響されているのかもしれません。ただその一方で,思わせぶりな描写が,結局メイン・ストーリーにはほとんど関係していないというようなところもあって,肩すかしをくってしまうところもあります(たとえば軽井沢聖霊教会牧師の息子ドルリイ・リードのエピソードなど)。
 それともうひとつは,物語を進める求心力となるような“謎”がないことにもよるのではないかと思います。登場人物にとっての謎は存在しますが,読者にとっての謎がない。とくに後半,戦時中の犯罪を明らかにすべく,軽井沢署の刑事が執念深く捜査を続けるのですが,彼の追う“謎”は,すでに読者には明らかにされてしまっています。そのため緊迫感に欠けるうらみがあります。
 結局,陰謀や殺人事件などを題材として取り上げてはいるものの,ミステリとしてはちょっと中途半端だったのではないかというのが,全体的な印象です。じゃあ,ラヴロマンス(半世紀の恋!)としてはどうかというと,こちらのほうは,わたしが朴念仁ですので,なんとも言えませんが,少なくとも主人公の伏見(久世)敦子に,あんまり感情移入ができませんでした。「単なるわがまま娘じゃねぇか!」というのは酷でしょうか?(笑)

 この作品は,第14回横溝正史賞受賞作です。

98/01/07読了

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