倉知淳『占い師はお昼寝中』創元推理文庫 2000年

 大学に通うため上京した美衣子は,渋谷道玄坂で占い師を営む叔父・辰寅のアルバイト助手として働くことになった。ところが,この辰寅叔父,その怠け癖は筋金入り,占いブームもどこ吹く風,宣伝ひとつするわけでなく,事務所でひねもす寝てばかり。もとより霊感のかけらもないのだが,その代わり,特殊な才能に恵まれていて・・・

 占い師・辰寅の元に,「お客さん」が持ち込んだ奇妙な謎を,辰寅が,聞いた話だけから解くという「安楽椅子探偵もの」6編を収録した連作短編集です。辰寅が「霊感占い所」という看板を掲げていることから,持ち込まれる謎は,いずれも心霊現象じみた不可思議なものです(それにしても「占い所」って,なんだか「甘味所」みたいですね(笑))。
 たとえば「三度狐」では,家の中から忽然と姿を消すゴルフクラブや本の謎,「水溶霊」ではポルタガイスト,「写りたがりの幽霊」では心霊写真,「ゆきだるまロンド」ではドッペルゲンガ,「占い師は外出中」では血まみれの幽霊,「壁抜け大入道」では,タイトル通り,壁抜けする大入道,といった具合です。こういった不可能趣味,怪奇趣味たっぷりの謎を,臆面もなく(笑)提出できるところは,やはり,主人公を占い師にしたという設定の勝利と言えましょう。
 さらにおもしろいのが,冒頭の「理外」とも思える謎の現象に対して,「理」でもって答えるという通常のミステリ作法には則らず,辰寅もまた「理外」でもって答えるとしているところです。曰く「三度狐の仕業だ」,曰く「質の悪い水溶霊のせいだから,引っ越しした方がいい」,曰く「ドッペルゲンガは雪だるまだ」などなど・・・
 つまり「理外」の問いに対して「理外」で答えるというワン・ステップを踏んだ上で,このふたつの「理外」を,最後に「理」で繋げる,という構造をとっています。「理外の問い→理の答」というオーソドックスな展開をもうひとひねりすることで,ラストで「理」に落とす爽快感,痛快感を倍加させているのではないでしょうか。

 そしてこの作品のもうひとつの魅力は,なんといっても語り口の巧みさでしょう。こういった「安楽椅子探偵」スタイルの作品では,ちょっとした描写や言葉尻,仕草が伏線として埋め込まれているのが常道です。作家さんの力量は,その伏線をどれだけ上手に文章の中に隠すか,というところに求められましょう。この作品では,アルバイト助手の美衣子の視点から,ストーリィが物語られます。この美衣子,なかなか闊達なキャラクタで,筋金入りの怠け者・辰寅に対して容赦ありません。その,ポンポンと繰り広げられる「ツッコミ」のテンポの良さが,展開に軽快感を与えていて,サクサク読んでいけます。しかし,その軽快に読ませてしまうところが,まさに作者の術中にはまってしまっているわけで,まぁ,中には見え見えの伏線もあるとはいえ,思いもかけぬ一文から「理外」の背後に隠されていた「理」が立ち現れてくるところは,じつに小気味よいものがあります。
 一編一編のトリックは小粒ながら,設定・キャラクタ・文体がバランスよく整った佳品なのではないかと思います。

 それと作品の内容とは関係ないのですが,カヴァならびに挿し絵を描いている朝倉めぐみのタッチはいいですね。たしかドン・ウィンズロウ「ニール・ケアリー・シリーズ」のカヴァも描かれていましたよね。わたしは好きです。

00/08/09読了

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