逢坂剛『裏切りの日日』集英社文庫 1986年

 警視庁公安部特務一課の敏腕刑事・桂田渉,彼はその陰で,右翼の大物・遠山源四郎と癒着する悪徳刑事でもあった。桂田とその部下・浅見誠也が,テロ予防のため丸東商事を巡回中,「隼」と名のる男が人質8人を取り,社長室を占拠,3000万円の身代金を要求した。が,犯人は警察監視の中,エレベーターから忽然と姿を消してしまう。同時刻,遠山源四郎が狙撃され,死亡。ふたつの事件はいったいどういう関係があるのか。警察庁警務局特別監察官・津城俊輔の示唆を受けた浅見は,事件の真相へと迫る。

 『百舌の叫ぶ夜』『幻の翼』に先立つ「公安シリーズ」の第1作だそうです。このシリーズの常連(?)倉木尚武や明星美希は出てきませんが,わたしがひそかに「性格の悪い遠山の金さん」と呼んでいる津城俊輔が,例によって,得意の話術で若い刑事をたらしこんでいます(笑)。『百舌』のサスペンスあふれる展開と,骨太のミステリ性は,かなり楽しめ,逢坂作品にのめり込むきっかけになったのですが,『翼』は,『百舌』の二番せんじという印象が強く,あまり評価できませんでした。しかしこの作品は,『百舌』と同様,衆人看視下での人間消失という魅力的な謎が提出されるとともに,狙撃事件と絡んだトリックが構築されている点,かなりミステリ性が強いものといえましょう。その点,『百舌』に共通する部分が多々あり,楽しめました。本作品→『百舌』→『翼』へと,ミステリ性からサスペンス性へと,描き方が傾斜していくような印象を持っていますが,シリーズの続き『砕かれた鍵』『よみがえる百舌』ではどうなるのか,本作品や『百舌』の持つミステリ性に愛着を持つわたしとしては,楽しみのような,ちょっと不安のような,そんな気分です。

 ただ考えてみれば,内容は陰々滅々で,タイトル通りの世界でもあるわけで,結末での浅見の気持ちもわかりますね。

97/03/23読了

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