ヘンリイ・スレッサー『うまい犯罪,しゃれた殺人−ヒッチコックのお気に入り−』ハヤカワ文庫 2004年
『ママに捧げる犯罪』と同様,アルフレッド・ヒッチコック編による短編集。17編を収録しています。気に入った作品についてコメントします。
「金は天下の回りもの」
給料をバクチですってしまった男は,妻への言い訳のため,一計を案じるが…
本編のポイントは,主人公を気弱に設定しているところでしょう。それゆえ,彼の振る舞いに苦笑しながらも同情してしまい,ラストのカタルシスが,いっそう効果的になっています。
「ペンフレンド」
姪が文通する相手は,なんと囚人。その囚人が脱走したことから…
素材的には,さほど目新しいものではありませんが(とくに現在のようなネット社会から見ると),最後に書かれる「手紙」…老嬢のしたたかさと孤独が醸し出される手紙が秀逸です。
「犬も歩けば」
とぼとぼと家路をたどる男の目の前で,ひとりの老人が急死した…
オチが一瞬わからず,「?」と思ってしまい,直後,主人公が遭遇した事態の真相がわかって,思わず苦笑してしまいました。ときおり見かける設定−スリがすった品物から事件に巻き込まれる(<ネタばれ反転)−を,もうひとひねりした着想がいいですね。
「41人目の探偵」
10数年前に妻を殺された男が,“わたし”に依頼したこととは…
私立探偵を主人公にしているので,ハードボイルド・タッチな文体かと思っていましたが,ツイストを利かせつつもビターなラストは,まさにハードボイルド!
「恐ろしい電話」
ミセス・パーチを訪れた保安官が言うには…
現代では(おそらく)ない「共同電話」というアイテムが,今ひとつピンと来ないところはあるものの,「小さな悪意」から思わぬ破滅を招くというパターンは,まさにサスペンスの常套のひとつと言えましょう。
「気に入った売り家」
法外な値段のついた売り家を買おうとした男は…
「物語はいったい奈辺に着地するのか?」という先行き不透明感と,「なぜ老婆は法外な値段を売り家に付けたか?」という謎が,ストーリィを引っ張っていき,ラストで意外な,しかし理にかなったツイストが堪能できます。
「老人のような少年」
少年が訪れたのは,刑務所内の友人の母親だった…
悪意に翻弄され打ちのめされる少年を描いたビター・テイストの作品です。しかも,主人公の「描かれざる行く末」を思うとき,さらにその苦味が増します。
「最後の舞台」
マジシャンが試みた水中脱出劇には,ある罠が…
「人を呪わば穴ふたつ」というパターンは,サスペンスの「王道」ともいえるもののひとつですが,そこに巧拙が出るのは,やはり作家さんの力量次第なのでしょう。じつに憎々しいマジシャン,したたかなその妻,そしてスリルたっぷりに描かれる結末とツイスト。まさに手慣れた筆によって紡ぎ出された作品と言えましょう。
「ふたつの顔を持つ男」
強盗に襲われた夫人が,警察の犯罪者ファイルで見たものは…
広いアメリカでは,身近な人物がじつは他州の犯罪者だった,という話が実際にあると聞いています。タイトルと中盤までの展開から,着地点は見当が付くものの,そこにもうひとひねり加えているところが,本編のミソと言えましょう。
「親切なウェイトレス」
金持ちの老婆から,遺産を相続してくれと言われた中年のウェイトレスは…
短く,しかし的確な表現でもって,善意から悪意へ,そして憎悪,殺意へと変わっていく主人公の心理の描き方が巧いですね。短編を得意とする作家さんならではの技量なのでしょう。オチもグッドです。
「眠りを殺した男」
彼が不眠症に陥った原因は…
この手の作品集でありますから,こういった展開もアリといった感じなのですが,幕引きがじつに絶妙。そのための伏線もきっちりと引いているところも楽しめます。
04/12/19読了
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