ヘンリイ・スレッサー『ママに捧げる犯罪』ハヤカワポケットミステリ 1964年

 アルフレッド・ヒッチコックが編集した,この作者の短編16編を収録しています。

 野球の投手を,あえてふたつのタイプに分けようとすれば「剛腕派」「軟投派」があるでしょう。剛腕派は,たとえば150qの速球で打者をねじ伏せる投球をします。それに対して軟投派は,剛腕派ほどの速球は投げられなくても,いわゆる「緩急をつけたピッチング」で打者をうちとります。120qのボールでも,90qのボールと織り交ぜることで,150qと同じくらいの効果を上げることができます。また打者の心理の裏をかく心理戦も必要とされるでしょう。
 けっして意想外の,思いもつかなかった結末を描かなくても,そこにいたるまでの筋運び,文章描写を活かすことで,「ありがち」のオチをきわめて効果的に描き出すこの作者は,明らかに後者の「軟投派」,それも打者=読者の心理洞察に長けた老練な「軟投派」に属する作家さんと言えましょう。

 たとえば冒頭の「母なればこそ」は,7年前に捨てた娘をダシにして,前夫から金をゆすろうとする女がたどる皮肉な結末を描いています。読んでいる途中,このような結末は予想範囲内にありますが,ラストの一言で,その皮肉さをより鮮明に,くっきりと浮かび上がらせているところは巧いですね(ところで,本編の原題は「A Crime for Mothers」と,本書タイトルと同じなのに,邦題がなんで違うのでしょう?)。また「隣の独房の男」では,スピード違反で捕まり,警官を買収しようとして留置所に入れられた男が,隣の独房に凶悪犯が入ったことから巻き込まれるサスペンスを描いています。「じつはこうなんじゃないかな?」と,結末が予想されながらも,主人公が巻き込まれる非常事態の緊張感を高めることで,読者の視線を上手にミス・リーディングしています。同様に,刑務所から出てきた男が,妻の元に帰る前に,隠しておいた金が盗まれるという「父帰る」は,ラスト直前の夫婦のやりとりを情感たっぷりに描くことで,皮肉なオチとのコントラストを際だたせていますし,頑丈な金庫の宣伝にと,卓抜した技量を持つ元金庫破りにチャレンジさせるという「魔の指サミー」でも,「果たしてサミーは金庫を破れるのか?」という興味に読者の目を集中させながら,思わず苦笑が漏れるラストを用意しています。

 もちろんそんな「軟投派」でありながらも,ミステリにおける「速球」とも言える「サプライズ・エンディング」が楽しめる作品もあります。「制服は誰にも似合う」は,強盗を目撃された犯人が,その目撃者をあるトリックを用いて殺害しますが,そのトリックそのものが思わぬ身の破滅を招いてしまいます。また「水よりも濃し」では,殺人事件の不利な弁護を依頼された弁護士が,起死回生の一手を試みるが・・・というお話で,弁護士の「真意」が明らかにされるラストが鮮やかであるとともに,それを上回る,依頼人の意外な行動が見事な幕引きになっています。さらに「老嬢の初恋」は,やくざな恋人を持ってしまったがために,犯罪に荷担する女の不安と苦悩,そしてそれがもたらした思わぬ結末を描いています。その結末は,十分にあり得ながらも,的確に盲点を突いたものと言えましょう(それにしても,時代的なものはあるにしろ,35歳の女性を「老嬢」と呼ぶのは,ちょっと酷ですね)。

 このほか,貧しい教会を救うために,つい魔がさして競馬に公金を注ぎ込んでしまった神父が主人公の「アミオン神父の大穴」は,その皮肉でいながら,どこかホッとさせるユーモアにあふれたエンディングが心地よいです。また別れた妻への慰謝料を払いたくない男が,強烈なしっぺ返しを食う「豪華な新婚旅行」も,思わず吹き出してしまうオチが良かったですね。

01/08/03読了

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