菊地秀行『トワイライト・レディ』集英社コバルト文庫 1987年

 雑誌『コバルト』掲載された4編よりなる連作短編集です。各編,一人称の語り手はそれぞれ違いますが,彼らの前にいつもひとりの少女が現れます。白いワンピースに,腰まで伸びた黒い髪,そして抜けるように白く冷たい肌を持った少女,永遠の時を生きる吸血鬼−トワイライト・レディです。

「夕映えの女」
 “僕”の住むアパートに引っ越してきた女性。彼女は,昼と夜の狭間−夕映えの時間からやってきた…
 平井和正「美女の青い影」もそうでしたが,主人公の少年をめぐる,ミステリアスな年上の女性,快活な同年代の少女の「三角関係」(というほど大げさなものではないですが)は,ジュヴナイルのひとつの「定番」と言えるのかもしれません。その「年上の女性」のミステリの由来をどこらへんに設定するか,そのあたりに作者の嗜好や力量が出るのかもしれません。本編では,“僕”の「夜の世界」への憧れの具体像として「年上の女性」=「トワイライト・レディ」は描かれています。同時にそれは,「夜」が,「闇」が持つ危険な部分をも併せ持ち,どこか象徴的,比喩的な感じを受けます。憧れつつも戦い,拒絶しながらも愛する,そんなアンヴィバレンツな主人公の心持ちは,かつての自分を振り返るとき,理屈抜きで「わかってしまう」ところがあります。
「薔薇戦争」
 主役に圧倒的なまでな美貌が求められる戯曲「薔薇戦争」。“僕”がその主役に抜擢されるが…
 吸血鬼と薔薇の結びつき,というと,やはり萩尾望都『ポーの一族』を思い出しますが,両者の関係はいつ頃から言われはじめたのでしょうね? 本編でのトワイライト・レディは,美貌の背後に隠れた驕慢さを裁く「女神」のごとき役回りです。それは同時に,戯曲「薔薇戦争」の主人公−女たちの「生」を貪りながら生きる男−に対する,戯曲中では成し遂げられなかった復讐の具現なのかもしれません。ラストはそんな二重の意味が込められているように思えます。
「青い旅路」
 青い沼に流れ着いた棺桶。そして現れた少女。それ以来,“俺”の街で奇妙な出来事が…
 久方ぶりに「番長」という,今ではフィクションの中でも稀少になったキャラクタに出会いました。それも隣町の番長と決闘をし,自校の学生を守るという古典的な番長です。彼の,とぼけたユーモアある語り口により,本連作の中でユニークなテイストになっています。それゆえ,連作中もっともグロテスクな素材を扱いながらも,さほど生臭い感じはしません。
「白い国から」
 北国の夜間学校に転校してきた少女を初めて見たとき,“私”の心は乱れはじめ…
 この作品でのトワイライト・レディは,吸血鬼であるとともに,雪女のイメージも仮託されているように思います。真っ白な雪の中を,足跡を残さず翔ぶように走る吸血鬼というイメージも,妖美で良いですね。50年前の「伝説」と「現在」を上手に結びつけて,「永遠に生きるもの」の哀しみを浮かび上がらせるラストは,連作の掉尾を飾る作品として効果的です。語り手の「立場」の設定も,連作ならではの手法と言えましょう。

01/08/10読了

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