若竹七海『閉ざされた夏』講談社文庫 1998年

「でも,兄貴,本当はわかっているんでしょ。嫌いだろうがなんだろうが,ややこしいこともどろどろしたことも,他人の感情に巻き込まれないですむような,そんな場所も,どこ探したってないんだよ」(本書より)

 夭折した作家・高岩青十を顕彰するために作られた「高岩青十記念館」。その記念館で連続放火未遂事件が発生。それとともに職員の間に不穏な動きが・・・。そして殺人事件が! 記念館の学芸員・佐島才蔵と,ミステリ作家の妹・楓が事件の謎に挑む!

 この作家さんの長篇を読むのは,『ぼくのミステリな日常』に続いて2作目です。『ぼくミス』が凝りに凝ったトリッキィな作品だっただけに,似たようなテイストを期待して読んだのですが,比較的オーソドックスなミステリという感じで,ずいぶんと趣が違うようです。でもけっして「期待はずれ」というわけではなく,それなりにおもしろく読めました。

 舞台は「高岩青十記念館」という博物館,主人公はそこの学芸員です。前半は,連続放火未遂事件などがあるとはいえ,どちらかというと単調な展開で,ちょっと退屈なところもないではありません。しかしいったん事件が勃発すると,それらの,学芸員の日常風景を描写したような前半が伏線として効いてきます。テイストこそ違え,こういった伏線を綿密にひくところは,『ぼくミス』やそのほかの短編と同様,この作者の持ち味といっていいのでしょう(と断言できるほど,この作者の作品を読んでいるわけではありませんが(^^ゞ)。
 また前半ののんびりとした単調さは,後半,殺人事件を契機として浮かび上がるさまざまな人間関係,冒頭に引用したような「ややこしいこと」「どろどろしたこと」ときれいに対照をなしているところがあって,そんなコントラストの妙をあぶり出すための効果なのかもしれません。
 しかしこの作品,そんな「ややこしいこと」「どろどろしたこと」をあつかいながらも,それらをことさら大仰に描くようなことはせず,プラス方向であるにしろマイナス方向であるにしろ,さまざまな「想い」の集積,交錯として描き出していきます。それは作者自身の,登場人物や事件に対する暖かい視線の現れなのでしょう。とくにラストで二転三転して明かされる「真相」は,せつなさにあふれています。
 「そんな場所,どこ探したってないんだよ」,ならば「ややこしいこと」「どろどろしたこと」を直視し,それをしっかり受け止め,包み込む力強さが必要なんだよ――この作品は,そういった心のありようを描き出しているように思います。

98/07/25読了

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