スティーヴン・キング『トミーノッカーズ』上・下 文春文庫 1997年

 メイン州ヘイブンに住む作家,ボビ・アンダーソンが,ある日,山中で“それ”に蹴躓いたのが,すべての始まりだった。“それ”とは,太古に地中深く埋もれた異星からの宇宙船。そしてそれは奇妙な振動を発していた。アル中で反原発派の詩人,ボビの恋人ジム・ガードーナーとともに,宇宙船を発掘し始めたボビの躰は,しだいに変貌していく。そしてヘイブンの街にも広がる異変。彼らを“進化”させる“トミーノッカーズ”とはいったい何者なのか?

 『グリーン・マイル』は買ってますが,完結してから読もうと思っているので,『IT』以来,久しぶりのキング作品です。
 いやあ,疲れました。『IT』もべらぼうに長くて読み終わったときは疲れまくりましたが,今回も,けっこう長かった。キングの場合,単純にページ数ではなく,独特の粘液質で比喩の多い文章のせいもあって,同じ分量の小説の1.6倍くらいは疲れます(数値は根拠なし(笑))。『キャリー』とは言わないまでも,せめて『クージョ』『ミザリー』くらいだったら良かったのに。
 それと,原文を読んだわけではないから,はっきりとはわかりませんが,どうも翻訳がぎこちなくて,おまけにみょうに古くさい言い回しが多くて,そのことも読み進めるのがしんどかった理由のひとつかもしれません。でもつまらなくはありませんでした。とくに,前半でながながと描写していた登場人物の性格設定が,後半で生きてきますし,またクライマックスも迫力があります。それに,襲いかかるコークの自販機とか掃除機というのは,なかなか笑えます。

 さて今回は“空飛ぶ円盤”です。キングの小説のネタは,『シャイニング』は幽霊屋敷,『呪われた村』は吸血鬼,『デッドゾーン』は予知能力,といった具合に,けっこう“手垢にまみれた”というか“使い古された”ものが多いです。
 じゃあなんで“モダンホラー”なんて呼ばれておもしろいのか,ということを自分なりに考えてみると,キングの作品の魅力は,どうやら“ネタ”そのものにあるのではなく,恐怖を引き起こすネタを取り巻く人々の“不安”を,えぐり出すように描いているところにあるのではないでしょうか。
 この作品でも,とくにジムの心に宿るさまざまな不安(疑念,焦り,諦念,苛立ち,怒り・・・)を,これでもかという感じで(うんざりするくらい(^^;)描写しています。そして,ネタが引き起こす脅威と,登場人物の不安とが共振し,増幅し,日常生活が崩れていく“恐怖”を,読者に呼び起こすのではないでしょうか。

 この作品でも,物語の途中で描かれる,いろいろな凄惨な事件や,“進化”の果てにボビが変化していくグロテスクな姿,あるいは犬のピーターエヴ・ヒルマンがたどった悲惨な運命など,ホラー作品の常套シーンも多々出てきますが,それ以上に,ジムの次の言葉が,この作品の中心的な恐怖を描いているように思います。

「おれはトミーノッカーズに会った。そしたら彼らはわれわれだったんだ」

 ところで,例によって,作者自身の「自作パロディ」も随所に出てきて,読者サービスもたくさんあります(レベッカ・ポールソンや,ジャック・ニコルソン,ジョン・スミス,“店(ショップ)”などなど・・・)。

97/05/17読了

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