草上仁『東京開化えれきのからくり』ハヤカワ文庫 1999年

 頃は明治のはじめ,舞台は花のお江戸,いやさ文明開化真っ盛りの花の東京。汽車の中で発生した「仇討ち」を調べはじめた元岡っ引きの善七たちは,しだいに事件の背後に隠された巨大な陰謀に巻き込まれていく。妄想と狂気に毒された男の企みを,善七たちは阻止できるのか? いま「パラレル東京」は大騒動!

 この作者の作品は,「異形コレクション」に収録された,いくつかの短編を読んだことがありますが,長編を読むのははじめてです。カヴァ・デザインや挿し絵が,わたしの好きな唐澤なをきというところも,手に取った理由のひとつかもしれません。

 「痛快」という言葉が,もっともしっくりくる楽しい作品です。
 物語の舞台は「架空の明治時代の架空の東京」。そのことは,作品の冒頭,「1875年 明治元年」と書くことで宣言されいます(本当の明治元年は1868年。「明詞」なんてより,ずっとソフィストケートされてます(笑))。
 ふたつの殺人事件をきっかけに,元岡っ引きの善七東京市中取締組少警部・宮本徳之進消防組二務所班長・サクジらは,なんとも荒唐無稽,狂気と妄想に彩られた陰謀に巻き込まれていきます。その陰謀は,一昔前のSFに出てきたマッド・サイエンティストのそれを彷彿させるものがあり,それを阻止しようとする主人公たちの行動は,まさに「大冒険活劇」といったノリであります。とくにクライマックスの,緊迫感が横溢するとともに,思わず笑い出してしまう奇想天外さはたまりません。
 そして,その謎が謎を呼ぶスピーディなストーリィ展開を支えているのは,主人公たちを含めた「元気のいい」キャラクタたちでしょう。江戸時代から明治時代への(実際にも)大転換期,その時代に対する,それぞれのスタンスをもつキャラクタ設定がじつにいいです。とくに善七とステ吉父子。善七は,江戸的な感性を色濃く持っており,新時代に深い戸惑いを隠しきれません。一方,息子のステ吉は,新しい時代の到来を喜び,奇妙な亜米利加人たますとの出会い,「発明家」としての一歩を歩み始めます。ふたりの親子のすれ違い,ジェネレーション・ギャップを通じて,時代の変わり目を鮮やかに描き出しています(この「たます」を登場させるために,作者は「パラレル明治」を設定したのではないかと思います)。
 さらに黒人の花魁ばるばと,善七の女房おせん。男たちに頼らず,元気いっぱい明るく自分の人生を切り開いていく彼女たちの姿は,じつに爽快感にあふれています。

 先日たまたま,山本松谷という画家が描いた明治の頃の東京の情景を収録している,『百年前の東京絵図(フォーカス)』(小学館文庫)という本を読みました。それらの絵には,江戸的な部分と明治的な要素とが混在した―洋風煉瓦建築とちょんまげ姿の組み合わせなどなど―,一種独特の雰囲気を持った風景が描き出されています。
 作者が「あとがき」でも書いていますように,明治初頭というのは,「刺激的でスリリングな時代」だったのでしょう。作者は,SF―「パラレル明治」―という手法を用いながらも,そんな「時代の空気」を巧みに切り取ってみせたのかもしれません。
 でもまぁ,そんなことは考えずに,とにかく軽快でテンポのいいリズムに乗って,ひとときの痛快活劇が存分に堪能できる作品です。

98/08/11読了

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