貫井徳郎『鬼流殺生祭』講談社ノベルズ 1998年

 維新なるも前代の遺風いまだ残る「明詞」7年の東京。肥前の武家・霧生家で凄惨な殺人事件が発生した。単純なもの盗りの犯行と見られた事件は,しかし,捜査の過程で奇怪な様相を呈し始める。そして縁続きとしか婚姻しないという霧生家の,異常なまでの閉鎖性が事件の解明を阻む。事件に臨んだ“私”九条惟親の前で続けて起こる殺人事件。“私”は変わり者の友人・朱芳慶尚に相談するのだが・・・。

 もしこの作品を,時代や舞台の設定,トリックと真相,キャラクタなどのパーツに分けて,それぞれ評したとしたら,いずれも「どこかで見たことあるな」という印象が強いでしょう。
 たとえば時代設定,「明詞」と,「パラレル日本」風にしてあるとはいえ,山田風太郎の「明治もの」をどうしても想起させます。また舞台は,因習的で閉鎖的な旧家,錯綜した複雑な血縁関係,おどろおどろしい呪いの伝承などなど,横溝正史もかくやという設定です。朱芳慶尚という名探偵のキャラクタには,京極堂が色濃く影を落としているように思います。トリックや真相も,ことさらに目新しいものとはいえないでしょう。

 しかしこの作品のおもしろさは,個々のパーツにあるのではなく,むしろそのコンビネーションにあるのではないでしょうか?
 最後に明かされるトリックと真相,それは舞台設定,時代設定と密接に結びついています。この時代,この舞台だからこそ,このトリックが,真相が生きてきます。とくに霧生家が伝える奇妙な葬送儀礼に関しては,最初のところでなんとなく見当がついていたのですが,それが設定や真相にこれほど深く結びついていることには驚きました。なんとも巧いです。
 そして,こういった“異形の”真相にアプローチできる名探偵の造形,変わり者の朱芳慶尚というキャラクタ設定も卓抜といえるでしょう。「この事件にしてこの名探偵あり」といった一体感があります。

 そしてもうひとつ,この作品のおもしろさを支えているのが,文体なのでしょう。この作者の作品は,先日読んだ『失踪症候群』に続いて2作目です。『失踪』もそうでしたが,この作者の文体はなかなか読みやすくていいです。変に仰々しくもなく,それでいて味気ないというのでもない。そういった適度に抑制の効いた,すっきりした文体が,上に書いたようなコンビネーションの妙を支えているのではないかと思います。

 ところでカヴァ裏の「内容紹介」「雪に囲まれた武家屋敷で,留学帰りの青年軍人が刺し殺されたのだ」って,違うんじゃないんですか? 「雪密室」じゃなくて「霜密室」でしょ?(笑)

98/09/05読了

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