はやみねかおる『徳利長屋の怪』講談社青い鳥文庫 1999年

 『ギヤマン壺の謎』につづく,名探偵・夢水清志郎ならぬ夢水清志郎左右衛門が活躍する『名探偵夢水清志郎事件ノート外伝 大江戸編』の下巻であります。前巻では,「大江戸編」とはいいながら,比較的おとなしめの事件が多かったのに対し,この巻では,なんと「江戸城を消す」という大ネタが披露されます。また時代を幕末に設定しているため,そんな時代の変革を取り込んだ「活劇風」の仕上がりになっています。

 まずは「第二の事件 怪盗九印は最後に笑う」。お花見に出かけた夢水一行,そこに無法な武家がやってきて花見を楽しむ町人たちを追い払ってしまいます。ところが,武家の元に届けられた,怪盗九印からの予告状。それによれば,その武家の食べた団子の串を1本盗むという。衆人環視下の中,九印はいかにして「団子の串」を盗んだのか? という謎が提示されます。伏線が見え見えなので,ミステリとしてはいまひとつでしたが,じつはこのエピソードが,作品全体のメイン・トリックとつながっているところは,なるほどと感心させられます。また怪盗・九印の設定をめぐる「お遊び」も,読んでいてニヤニヤさせられました。
 つづいては,ふたたび「番外編の中の番外編」である「れーちの東海道中膝栗毛」です。長崎で教授と知り合ったれーちが,江戸まで出てくる途中に聞いた不可思議な事件―空から御札が降ってくるという話と化け猫騒ぎ―の謎を,夢水が解き明かすという,アームチェア・ディテクティブ趣向のエピソードです。この「御札が降ってくる」という話は,たしか幕末に「実際にあった」と伝えられている“事件”だったと思います(ただし“事件”そのものが,瓦版かなにかに掲載された伝聞記事ですので,本当にあったのかどうかは不明だったと記憶しています)。おそらくそこにヒントを得て作られたエピソードなのでしょうが,御札と化け猫という,なんの関係なさそうなふたつの事件を巧みに結びつけているところは,巧いですね。
 そしてラストは「最後の事件 徳利長屋の怪」であります。大政奉還され,新政府軍は,江戸城に向かって進軍中。夢水たちは,自分たちの力で,江戸の町を守ろうと立ち上がるというストーリィ。勝海舟やら西郷隆盛といった幕末維新の大立て者を巻き込んだ,楽しい作品になっています。また天真流の使い手中村巧之介が,「闇の天真流」と対決するという,時代劇らしい,けれん味も盛り込まれています。「江戸城を消す」トリックで,トリックそのものは大仕掛けとはいえ,シンプルなものですが,そこに至るまでに,ある登場人物を配しているところは,用意周到と言えましょう。
 さらに,近年,声高に叫ばれている国家主義的な言説に対する作者の考えもさりげなく挿入されていて,メッセージ性の強いテイストになっています(「日本なんて国はないんですよ。日本に住んでいる人がいるだけなんです」という夢水のセリフは,「国民」という近代以降の概念を,過去に強引に当てはめて「歴史」を語ろうとしている態度に対するアンチ・テーゼになっていると思います)。作者の教師としての考え方が鮮明に出ていますね。

 ところで,本書には,歴史上の実在の人物を取り入れた「お遊び」がふんだんに入っていますが,それとともに,現代風俗も随所に散見され,笑いを誘います。わたしの知らない部分もありますが,芝居小屋「寺鰤(じぶり)屋」の座長駿さんとか,思わず笑ってしまいました。江戸城お庭番の「亜朱(あっしゅ)」というのは,やはり『BANANA FISH』アッシュ・リンクスが元ネタなのでしょうか?

99/12/29読了

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