香納諒一『石(チップ)の狩人』ノン・ノベルズ 1993年

 殺しを依頼された安本芳郎・辰雄。しかし標的の女は何者かに先んじて殺されてしまっていた。続いて彼らに依頼を繋いだ男もまた・・・。一方,失踪した妹を捜しに上京した渡瀬由紀子は,偶然目撃した殺人現場で,傷を負った辰雄を助け,安本兄弟と行動をともにする。妹の失踪と立て続けに起こる殺人はどのような関係があるのか? 事件を追う彼らの前に,21世紀のコンピュータ業界を左右する機密が,その姿を現し始め・・・

 物語のメイン・キャラクタは,『夜の海に瞑れ』で,主人公をつけ狙う殺し屋兄弟として登場した安本芳郎・辰雄のふたりです。『夜の・・・』でもなかなか渋い役回りでしたが,作者も愛着が湧いたのでしょう,この作品では主役に抜擢されました。
 彼らと絡んで,もう一方のメインをはるのは渡瀬由紀子。けっこう美人のようですが,ヤクザ相手に大立ち回りをやってのける「山育ち」(笑)のたくましい女性キャラクタです。
 失踪した妹亜希子を捜す由紀子は,偶然から安本兄弟と行動をともにするようになるのですが,そこにさまざまな人物たちが関係していきます。巨大産業スパイ組織『紅の盗賊』の首領リンゼイ・ミラー,密輸業務に関わる貿易商千々石卓郎や,チップを追う暴力団相良組,何事かを企む大物右翼柿山兵衛,さらに警視庁公安部の刑事早瀬やらCIAやらも加わってきます。もう,名前を覚えるのも一苦労なほどの(笑)多彩なキャラクタの思惑やら欲望やら策謀やらが,謎の核心「チップ」をめぐって入り乱れます。

 サスペンス小説の常道として,複数の視点を交互に描き,ニアミスを繰り返しながら緊迫感を盛り上げていく手法があり,この作品もそのフォーマットを踏襲しています。ただ,各キャラクタの行動を描き出す,それぞれのシーンがいずれも短く,視点がポンポン変わっていきます。
 ですから,そのことによって生じる疾走感を楽しみながら,ラストまで一気に読み通せることができるのですが,その一方で,どこか慌ただしい,落ち着かない感じがあることも否めません。こういったスタイルで,各シーンが長いと緊迫感を削ぐことにもなり,かといって短すぎるとバタバタした印象を与えてしまう,そこらへんのバランスが難しいところなのでしょう。もちろん,どう感じるかは,読者の個人的な嗜好に左右されるので一概には言えませんが・・・^^;;

 ところで,この作品の緊張感を高めているもうひとつの要因は,安本兄弟と由紀子との関係でしょう。行動をともにしているとはいえ,安本兄弟はダークサイドの殺し屋,由紀子は,いわばその素顔を見てしまった一般市民です。事件の終焉とともに,彼らはどうなるのか? そのあたりも読みながら気になっていたところです。ラストは,まぁ,未読の方のために書きませんが,わたしとしては,「やっぱりこの作者,演歌の人だな」という感じでした^^;;

98/09/20読了

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