香納諒一『夜の海に瞑れ』角川文庫 1997年

 癌で余命いくばくもない老ヤクザ・吉野巧蔵を,下関から淡路島へと運ぶ。そのボディ・ガードを友人・関口から頼まれた私立探偵の“私”。「危険はない」という依頼人の言葉とは裏腹に,“私”たちを襲う謎の襲撃者たち。さらに“吉野巧蔵”は50年前,シベリアの収容所で死亡していた! この老人はいったい何者なのか? そして彼の目的は?

 いやはや,スピーディでハード,そして派手な作品ですね。つぎつぎと襲撃を繰り出す暴力団やらロシアン・マフィア。殴り合いや銃撃戦はともあれ(まぁ,これだけでもけっこうハードですが),海上での戦闘は,主人公のセリフではありませんが,法治国家・日本とは思えないアクション・シーンの連続です。どちらかというと,香港ギャング映画を彷彿させるようなところがあります(それともわたしの“日本”に対する認識が甘いのかな?)。

 しかしこの作品の魅力は,そういったアクション・シーンだけにあるのではなく,なかなか凝ったプロットと,登場人物たちにあるのではないかと思います。
 老人はなぜ襲われるのか? 謎の襲撃者を追う主人公の前に立ち現れてきたのは,暴力団とロシアン・マフィアとの麻薬密売に絡む策謀と裏切り。老人は複数の暴力団から,その命を狙われる存在であることが,明らかになっていきます。しかし,もうひとつの謎「老人は何者なのか?」が明らかにされるとき,その構図は反転し,さらにその奥底に潜む,もうひとつの“真相”が浮かび上がります。そういった後半の二転三転するストーリィ展開は,途中に挟まれるアクション・シーンとあいまって,物語に躍動感を与え,読んでいて飽きません。巧いです。
 そしてもうひとつは登場人物たちの魅力。親友でありながら,複雑な過去を共有する主人公と関口。なんとも凶暴で酷薄な安本兄弟(ボケの弟とツッコミの兄,とも言います(笑))。暗い過去を持つ看護婦・内村弥生。謎を秘めた老ヤクザ・吉野巧蔵。そしてヤクザのキャリア組・恩田庄一。どいつもこいつも一癖も二癖もある連中です。そんななかでなんと言ってもいい味を出しているのが恩田です。クールでキザ,ビジネス・ライクなヤクザでありながら,「あの老人が好きなんですよ」という,どこか甘い部分も持ち合わせたキャラクタです。その存在感は,はっきりいって主人公を喰っていましたね(^^;;。この恩田を主人公にしたクライム・ノヴェルを読んでみたいものです。

 この作家の作品は,今回初読ですが,『梟の拳』とか『ただ去るが如く』とか,ウェッブ上でも,この作者の作品のタイトルをときおり見かけます。他の作品も読みたくさせる,そんな作品でした。

98/01/15読了

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