エレン・ダトロウ編『血も心も−新吸血鬼物語−』新潮文庫 1993年

 「別に悪いことをしたとは思っていない。生きのびるために,せねばならないことをしたまでだ」(本書「死者にまぎれて」より)

 サブタイトルにあるようにヴァンパイアもののアンソロジィ,計17編を収録しています。「新」と名づけられていますが,けっこう古い作品も入っています。また各編末尾に,作者のコメントが挿入されているのですが,作品によっては,ページの関係上,本編との区別がつきにくいものがあります。フォントを変えるなりの工夫がほしかったところです。
 ところで関係ないですが,ダウンタウン・ブギウギ・バンド「身も心も」という歌があったのを思い出しました(笑)
 気に入った作品についてコメントします。

ダン・シモンズ「死は快楽」
 集まった3人の男女は,恒例により,1年間の「獲物」を披露し始める…
 ヴァンパイアの「人を支配する力」に着目した作品。最初は,陰惨な事件の「裏話」的雰囲気で始まりますが,中盤から,アクションたっぷりのスピーディな展開へと変貌します。しかしその展開だからこそ,彼らの「力」の有り様と,それゆえの「ヴァンパイア独特の冷酷さ」を描き出すことに成功していると言えましょう。
ギャリー・キルワース「銀の首輪」
 孤島に住む男が語った「銀の首輪」をめぐる奇怪な話とは…
 ヴァンパイアとの戦いについての物語は,多かれ少なかれ「泥沼化した三角関係」に近いものがあるように思えます。つまり圧倒的な「魅力」を持つヴァンパイアから,わが恋人を奪い返すといったような。本編もそれをベースにしながら,「銀の首輪」という小道具を効果的にはめ込んでいます。
ハーラン・エリスン「鈍刀で殺れ」
 脇腹をナイフで刺された“おれ”は,“彼ら”から逃げまどう…
 マスコミにつぎつぎと登場する「アイドル」「商品」「流行」などなど。わたしたちは,それらを楽しみ,味わい,むさぼり食って,飽きれば顧みることはない…そんな「消費社会」に馴染み住んでいるわたしたちこそが,ある種の「ヴァンパイア」なのかもしれません。
レオニード・ニコライヴィッチ・アンドレイエフ「ラザロ」
 アンソロジィ『世界怪談名作集』「ラザルス」というタイトルで収録。感想文はそちらに。
ハーヴィ・ジェイコブズ「乾杯!」
 その富豪が,若い貧乏画家の才能を見出した理由は…
 淡々とした語りが,途中から変貌し始め,「異界」へと転がり落ちてゆくというスタイルは,ホラーではオーソドクスであり,同時に,わたしの好きなスタイルでもあります。いかにも金持ちらしい悠揚たる話し口と内容のグロテスクさとのギャップがよいです。
エドワード・ブライアント「夜はいい子に」
 夜間託児所に,新しい監督官がやってきたが…
 登場するヴァンパイアが,いかにも「トランシルバニアからやって参りました」という感じなので(笑),オーソドクスな(陳腐な?)展開かと思いきや,ラストで驚かされます。まるで大友克洋『童夢』(<ネタばれ反転)のエンディングを見るような…
フリッツ・ライバー「飢えた目の女」
 写真でしか知られず,しかし見た者の心を離さない女とは…
 一説には,日本の芸能界では,山口百恵の引退とともに滅びたとも言われる,スーパースターが帯びる独特のカリスマ性は,翻せば,本編の「謎の女」が持っている「飽くなき欲望」とも言えるのかもしれません。「見る者」の「すべて」を捧げることを望む欲望のような…
スーザン・キャスパー「闇の申し子」
 彼女がはじめて飲んだ血は,ケガをした弟のものだった…
 すべての「社会的逸脱」に,身体と心の「病気」というレッテルを貼ることで,隔離し,排除するのが「近代」の特徴のひとつであるとするならば,タイトルにあるように「闇の申し子」であることとは,みずからそれを「選ぶ」ということなのかもしれません。
G・ドゾワ&J・ダン「死者にまぎれて」
 ナチス収容所のユダヤ人に,ひとりの吸血鬼がまぎれこんでおり…
 人間によって虫けらのように殺されることと,異形によって家畜のように殺されること…両者にどれくらいの違いがあるのか? 「収容所の吸血鬼」という,きわめてユニークなシチュエーションを設定することで,この究極の選択とも言える悲劇を描いています。

05/12/25読了

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