H・G・ウェルズ『タイム・マシン』岩波文庫 1991年

 先日,この作者の『モロー博士の島』を読んだところ,その多彩な内容に驚かされました。で,その続きとばかり,本書を読みましたが,こちらは,まさに「古典SF」という印象を強く持ちました。表題作の「タイム・マシン」をはじめとして,その後のSF作品に繰り返し取り上げられるアイディアやモチーフに満ちた作品集ではないかと思います。
 気に入った作品についてコメントします。

「タイム・マシン」
 タイム・マシンを発明した彼は,それに乗って,80万年後の人類を,そして地球の滅亡を目撃してきたという…
 初出は1895年。この作品で描かれる「滅びの情景」,進歩の果ての,進化の極まりとしてのゆるやかな衰退と滅び,それは,たとえペシミスティックなものとはいえ,この作品が,ふたつの世界大戦の前に書かれたものであることを強く感じさせます。
「新加速剤」
 ジバーン教授が開発した「新加速剤」は,時間を何十倍,何百倍に経験できる力を持っており…
 いまの作品であれば,アイロニカルなオチを期待するところですが,楽観的なラストがやはり時代を感じさせます。
「奇跡を起こした男」
 ある日,フォザリンゲイは奇跡を起こす力を手にし…
 作中で描かれる「力」そのものは,少々単純すぎるところがありますが,結末の処理の仕方がひねりがあって,好きです。
「マジック・ショップ」
 息子にねだられ,「マジック・ショップ」に入った“私”。そこは「本物のマジック」を売る店だった…
 こんなことを言うと,作者に対して失礼かもしれませんが,レイ・ブラッドベリの作品を思わせる,不気味なテイストを持ったファンタジィです。「これはインチキなんだ」と思い込もうとする“私”の前で繰り広げられる不可思議な“マジック”,店の主人と,“私”には理解できない会話を交わす息子,不気味な余韻を残すラスト・・・,本作品集では,一番SF色の薄い作品ですが,じつのところ,個人的には一番楽しめました^^;;。
「奇妙な蘭」
 蘭コレクタのウィンターが買ってきた,見たこともない蘭。それにはおぞましいいわくがついており…
 「食虫花」ならぬ「食人花」を扱った,ホラー・テイストの作品です。蘭そのものについて知識が欠けているので,ちょっとわかりにくいところもありますが,根っこが人の身体に巻き付き,血を吸うというイメージは,やっぱり不気味ですね。
「盲人国」
 アンデスの山中,周囲から隔絶した村に盲目になるという奇病が流行。はるかな時の流れののち,ひとりの男がその村に迷い込んだ…
 不思議な雰囲気をもった作品です。一方で「見えること」のすばらしさを描きつつ,それにこだわる主人公の姿をアイロニカルに描いています。主人公が言う「盲人国では片目の者でも王様だ」というセリフには,この頃の欧米人の持っていた傲慢さと虚しさがよく出ているように思います。

98/05/28読了

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