梶尾真治『ちほう・の・じだい』ハヤカワ文庫 1997年

 お恥ずかしい話ですが,この作品の作者が,ベテランのSF作家であることを知りませんでした。昨年,『OKAGE』が話題になり,最近の作家さんかな,と思っていました。11編よりなる短編集です。気に入った作品のみコメントします。

「ちほう・の・じだい」
 ある日,突如として人類は痴呆化してしまった。崩壊していく現代文明の中,幼児退行した妻とともに“私”が見たものは…
 平均寿命が伸び続けるなか,われわれ現代日本人には,“ぼけ”に対する恐怖のようなものが潜在しているのかもしれません。それがある日いっせいに始まったら,という着想をもとにした作品です。痴呆化によって生じる悪夢のような混乱を描きながら,作中何度も繰り返される,幼児退行した妻の「いつも,一緒。いつも,一緒だね」というセリフが,作品全体にやるせない,せつない雰囲気を与えています。この作品集で一番のお気に入りです。
「絶唱の瞬間(カラオケ・オブ・デス)」
 覚醒した“俺”は,同僚とともに小部屋に監禁されていた。そこは,遺伝子組み替えで不気味に変身した植物たちに満ちたカラオケボックスだった…
 いじめられっ子の復讐のお話です。作中で主人公はS・キングのパターンだといっていますが,そのおどろおどろしさや,グロテスクさは,どちらかというと『魔太郎がくる』(藤子不二雄A)に近い雰囲気ですね。カラオケで他人が歌った後は拍手をしましょう,という教訓が含まれています(笑)。
「M・W・L(仮)へようこそ」
 どんな食材でも見事に調理してしまう料理人“私”は,フィリピン政府に拉致され,孤島に連れていかれる…
 どうやらシリーズもののようです。ネッシーを料理してしまうという発想がすごいですね。でもエンディングがほのぼのしていて好きです。
「木曜日の放課後戦士」
 木曜日の放課後,それは健ちゃんにとって,決戦の日だった。空き地をめぐって,にっくき源太との…
 遊び場を確保しようと,放課後,空き地へと走った経験が,わたしにもあります(さすがにど突き合いはしませんでしたが)。そういった子どもの頃の雰囲気を,SF的な設定で,巧く描き出していると思います。ラストもいいですね。ケンカも遊びのうち?
「“偶然”養殖業」
 トップクラスの商社を訪れた奇妙な老人。彼は“偶然”を養殖しているという…
 ヴォリューム的には短編ですが,雰囲気はショートショートです。発想がなんとも楽しいです。でも,本当に「偶然ってあるもんだなあ」って思うときありますよね。
「金色のひさご」
 同棲していた彼女が出ていった。“俺”は彼女の残したものを捨てるが,大型の冷蔵庫を整理しようとしたとき…
 カビの林の中,襲いかかるギョウザや納豆。もう笑うしかないですね,ここまでやられると。冷蔵庫の中には,ときどき正体不明,購買日不明,もとの色も不明,といったのが入っているときがありますね(むかしですよ,むかし(笑))。作者もきっと似たような経験があったのでしょう。それを冒険ファンタジィ(?)にでっちあげてしまうとは・・・。

97/09/29読了

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