ロバート・ブロック『血は冷たく流れる 異色作家短編集8』早川書房 1962年

 「奇妙な味」シリーズの第8集,ショートショートとも言える作品も含め,計16編の短編を収録しています。気に入った作品についてコメントします。

「芝居をつづけろ」
 酒場で出番を待つ役者は,見知らぬ男から声をかけられ…
 描かれた小さな「ワン・ピース」が,ラストで他のピースと組み合わさることで,意外な「絵」が浮かび上がるというタイプの作品,好きなんですよね。
「こわれた夜明け」
 核戦争で破壊し尽くされた町を歩いた男が見たものとは…
 主人公の眼前に繰り広げられる悲惨な状況。その暗鬱な展開の末に,最後の愚かな一言がトドメを刺します。フレドリック・ブラウン「スポンサーから一言」に匹敵するブラックな作品です。
「ショウ・ビジネス」
 広告会社の重役に,大学教授が持ち込んだアイデアとは…
 訳出されたから40年以上の歳月を経て,わたしたちは,この作品に含まれた強烈な「毒」を,実感するようになっているのかもしれません。
「名画」
 ルーブルにも飾られたことのある老人が描いた“名画”とは…
 画家ならでは復讐譚といったところでしょう。場面を想像すると,けっこうえぐいです。でもルーブル美術館に飾られているというのは,ホラなんでしょうかね?
「野牛のさすらう国にて」
 野牛を追っている“おれ”たちの前に現れたのは…
 「過去」と思われた状況が,じつは「未来」で,というツイストに加えて,もうひとひねりの結末。途中,やや「理」に走りすぎて,鼻白む部分もありますが,痛烈な文明批評ともいえる作品に仕上がっています。
「ベッツィーは生きている」
 事故死した有名女優を,宣伝で“蘇らせた”男は…
 ハリウッドというのは,「どんなに貧しくても成功するチャンスはある」というアメリカン・ドリーム体現の場であるとともに,「そのためには,どんな手段を用いてもかなわない」というアメリカのもっともダークな部分でもあるのかもしれません。そんな「ハリウッド的欲望」を背景とした,ハードボイルド・タッチのクライム・ノヴェルに仕上げています。
「最後の演技」
 自動車の修理のため,“わたし”はそのモーテルに一泊せざるえなくなり…
 この作者の代表作『サイコ』もそうですが,「アメリカの田舎のモーテル」というのは,「何かが潜んでいるかもしれない」という怖さを,つねに持っているのかもしれません。回想する過程で,おぞましさが浮かび上がってくるというスタイルは,個人的に好きです。
「ほくそ笑む場所」
 スーザンにとって,その“場所”が,唯一心安らげる場所だった…
 孤独な少女−ほんのひととき注目を浴びながら,ふたたび孤独に舞い戻ってしまった少女の心が,異形な歯車がめぐるかのように,狂気へと落ち込んでいくところが,ジリジリと締めつけられるような緊迫感を持っています。
「針」
 貧乏絵描きが,アトリエとして借りようとした屋根裏部屋。彼がそこで見たのは…
 屋根裏部屋で,ひたすら本に針を突き刺す男,という,鬼気迫るオープニングから,男と“針”をめぐる謎(画家に設定したため,主人公がそのミステリを追うことになる経緯が,スムーズで良いです),そして男と“針”の不気味な正体が明らかになることによって災厄をこうむる主人公,と,じつに手際よく仕上げられたホラー・ミステリとなっています。「都会のど真ん中で」という設定も,不気味さを増幅していると言えましょう。「こわれた夜明け」とともに,本集中でお気に入りの1編です。
「フェル先生,あなたは嫌いです」
 精神科医のフェル博士をたずねた男は…
 混沌に混沌を重ね,わけのわからなくなった末に現れる一筋の光明…しかしそれに足払いをかけるような思わぬエンディングに,背筋がスッと寒くなります。

04/06/19読了

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