藤沢周平『竹光始末』新潮文庫 1981年

 「仕える主の非情と猜疑の前に,禄を食む者は無力である」(本書「竹光始末」より)

 6編を収めた短編集。表題作は,「たそがれ清兵衛」とともに,映画『たそがれ清兵衛』の原作になっています(なんか,ややこしいなぁ^^;;)

「竹光始末」
 妻子を抱えて仕官口を探す小黒丹十郎。仕官の条件として出されたのは上意討ちだったが…
 主人公が,自分の刀は竹光だと言わなければ,相手方も邪心を起こさず,平和裡にふたりは別れたでしょうに,と思ってしまいます。人を殺傷できないはずの竹光が,それゆえに斬り合いに及んでしまうという皮肉な物語ですね。そしてそんな皮肉を産み出してしまうものの根底にあるのは,冒頭に引用したような「禄」にあるのでしょう。本集中,一番楽しめました。
「恐妻の剣」
 恐妻家で知られる馬場作十郎に,藩の存亡を賭けた密命が下され…
 わたしの好きなマンガ,秋月りす『OL進化論』の中で,メイン・キャラのひとり課長さんの家に,休日に,部下のOLからトラブルの電話があり,彼女に適切に指示している課長さんの姿を見て,奥さんが感心するというエピソードがありました。いまや死語になっちゃいましたが,「男は家を一歩外に出ると七人の敵がいる」んですよね(笑)
「石を抱く」
 勤める店の女主人と懇ろになってしまった直太は,彼女を困らせるやくざな弟を脅すが…
 自分の一言が,ある人物の人生を大きく変えてしまう…そんな決断を迫られることがあるのかもしれません。そのとき,自分がどのように判断するだろうか。ふと,そんなことを考えさせる作品です。
「冬の終わりに」
 はじめての賭場で50両もの大金を手に入れてしまった磯吉は…
 繁華街で,酔っぱらって,はじめてのお店のドアを開けると,どうみても堅気には見えない方々が,いっせいにこちらを「じろり」。顔を引きつらせてドアを閉めたことが,2回ほどあります^^;; 平凡な,しかし平和な日常を送りながらも,ダークサイドはほんの薄い皮膜を隔てて存在するのでしょう。そんなダークサイドにかすりながらも,日常に戻れた主人公は,きっと幸運だったのかもしれません。ところでこの作者,「版木職人」には思い入れがあるようですね。
「乱心」
 妻が不義を働いているという噂のある友人は…
 妻の不義→狂気,というオーソドクスな展開と思わせておいて,ラストで明らかにされる狂気の根深さが,「ぞくり」とさせます。その狂気を主人公の目を通して「外側」から描くことで,深い井戸をのぞき込むような「空虚」として浮かび上がらせているところが巧いですね。
「遠方より来る」
 大坂夏の陣で知り合った男に,突然,押し掛けられてきた甚平は…
 大坂夏の陣終結後の江戸時代初頭というのは,武士にとっては「就職氷河期」だったのでしょうね。なにしろ職場である「戦い」がなくなってしまったわけですから。そんな中で,足軽に身分を落としながらコツコツと仕事を続ける甚平と,虚勢でもって仕官しようとする平九郎とのコントラストな人物造形は,どこか身近なものに感じられます。

03/01/31読了

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