山田風太郎『太陽黒点 山田風太郎傑作大全24』廣済堂文庫 1998年

 苦学生・鏑木明が,建築会社のアルバイトで訪れた仁科家で,多賀恵美子と出会ったのがすべての始まりだった。恋人の土岐容子を捨て,恵美子に溺れていく鏑木明。一度狂い始めた歯車は,若い恋人たちを奈落の底へと導いていく・・・。

 書店のカウンタで「文庫本にカヴァかけますか?」と訊かれると,「いえ,けっこうです」と答えるのが普段のわたしですが,今回に限って「あ,お願いします」と言ったのは,ウェッブ上で,この本の帯やカヴァ裏の「あらすじ」でネタばれされているということを目にしていたからです。で,読了後,帯や「あらすじ」を見てみると,たしかにネタばれと呼ばざるをえないようですね。それも,本書の内容を考えると,かなり無神経なものといえましょう(でも,インターネットやっててよかった,と思いましたね。ほんと)。

 さて内容ですが,「なんとも,やりきれん世界やなぁ」というのが読後の印象です。金持ちの娘・多賀恵美子と知り合い,「金持ちに対する復讐だ」などとうそぶきながら彼女に近づくものの,彼女に振り回され,多額の借金をつくり,恋人を捨てる男・鏑木明。よく言えば「献身的」という感じですが,不実な恋人に虐げられ,「それでも愛しているの」と自分に言い聞かせ,ついには,男の借金のために,一度だけとはいえ春を売ることになる女・土岐容子。作者は,互いの身を喰らい合いながら堕ちていくふたりの若者の姿を,冷酷な,ときとして悪意さえも感じられるような冷たい眼差しで描いていきます。
 しかしその「やりきれなさ」は,じつはラストで明かされる真相により,より一層深いものになります。ネタばれになるので書けませんが,作品の大部分を使って描き出される登場人物たちのやりきれない行動や関係を,その根底から突き崩すラストは,「彼らはいったい何だったのか?」という底知れぬ空虚感,虚無感を感じさせます。作者の「黒い嗤い」が聞こえてきそうな気がします(この,毒を含んだ,ねっとりとした「嗤い」で,この作者の作品に対する好き嫌いが分かれるのではないでしょうか? 個人的には少々しんどいところがあります・・・)

 ところで,山田作品はそれほど読んでいるわけではありませんが,以前読んだ短編集『厨子家の悪霊』におさめられたいくつかの短編に似たようなテイストを,この作品は持っています。こういったタイプのミステリが,この作者の持ち味のひとつなのかもしれません(う〜む,ちょっとネタばれ?)。

98/07/20読了

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